ペンとサイコロ -pen and dice- BLOG

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我が家の猫が亡くなりました

我が家の猫、「こうちゃん」が亡くなりました。

享年15歳。

猫で15歳と言えば十分に生きたと思うし、大きな病気もなく、長く患うこともなく亡くなったので、そこまでの悲壮感はないけれど、やはり悲しいし、喪失感は大きい。

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段々と動きが鈍くなってきたので家族みんな「そろそろかな」と覚悟はしていたけれど、いつも飛び乗っていた洗面台に登れず、落ちた時からは早かった。

一度にジャンプできないと分かって、中間の段差になるような椅子を持ってきたけど、結局使ったのは数日。

ここ数日はびっこを曳いて、しかもふらふらと左右に振れていたのでボケが急速に進んだのか?と思ったけれど、後から考えれば急速な脱水症状になっていたよう。

水を飲むと口に染みて痛いのか搔いていたので、右頬は自分で引っ掻いて傷になっていたし、最後は指に水を濡らして口に持って行っても飲まなくなっていた。洗面台ではいつも心配になるほど水を飲んでいたけど、逆に言えばそれ以外でそれだけ飲んでいなかったということか。

 

折からのコロナ禍で在宅勤務だったので、午後休にして最期を看取ることができたのはコロナ禍での数少ない良かったことと言えるかもしれない。

兄猫のハキムが亡くなった時に利用したサービスでの火葬も終わると、何をする気力も出ないので数か月ぶりのブログを開いた次第。

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(こういう火葬車が家にやってきて猫を乗せて、一旦別の場所に移動して火葬、その後お骨を拾います。個人的にはとてもオススメ)

 

我が家では都合三匹の猫を飼って、それぞれが家族の誰かに凄く懐く形になっている(いた)。

最年長のハキムは妻に、こうちゃんは私に、ハルヒは娘に。

こうちゃんは朝には「そろそろ会社じゃないの?」と起こしに来て、夜の11時半になると「そろそろ寝ないと」とパソコンの邪魔をしてきて、歯磨きをしようとすると水を飲みに来て、風呂に入るとお湯を飲みに来て、寝るときには枕元に来ていた。

なお、深夜3~4時には妻を起こして朝食をねだっていたらしい。これは私がこの時間には何をやっても起きないから。

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これからはその生活リズムを自分で管理しなければいけない。

パソコンを触っていて一段落すると、まだ自然と膝を二回叩くし、寝るときには枕元を二回叩く。二回叩くのは「今は乗って良い」の合図で、無理に飛び乗ろうとしてぶつかってから、互いに自然にそうした確認をするようになった。

水は餌の隣に置いているのに、水道とお風呂のお湯が大好きなので、お風呂に入ると洗面器にお湯を張ってお風呂のドアを少し開けてやるのが習慣になっていた。

 

今日もお風呂に入って、湯船に入る前に自然とお湯を掬ってドアの脇に置いてから、気が付いた。

そういえば、もう目も見えていないし、まっすぐに歩けない状態でも、昨日もこうちゃんはお風呂にお湯を飲みに来ていた。思えばあれが末期の水になっていたんじゃなかろうか。いつもの水入れでは顔が入らない(顔をそこまで上げられない)状態になっていたので、浅い皿に張った水を一舐め、どうにかできていたのと、どちらが後だったか。

そう思いながら風呂を上がると、足ふきマットがきれいな状態になっていた。

いつもは風呂のドアが開くのを待っている間に、こうちゃんが がしがし と掻くものだから、ここの足ふきマットだけいつもぐちゃぐちゃになっていたのに。

そうか、こうちゃんは、もう居ないんだな。

腕の中で最後に痙攣を起こして呼吸が止まったのを見たはずなのに、

自分で火葬車に乗せて、自分でお骨を拾ったはずなのに、

風呂場の足ふきマットを踏んだ時に、こうちゃんがいないという現実が急にどかんと押し寄せて、思わず泣けてしまった。

 

我が家の長猫たるハキムは一昨年の7月に亡くなって、その時も最期を看取ることができて、「コロナ禍で数少ない良かったことだ」と宣っていたんだけど、ハキムは我が家では「妻の猫」なので、自分にとってはここまでのショックじゃなかった。

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今日こうちゃんが亡くなって、家族がみんな自分の事を心配してくれて、それはこうちゃんが「自分の猫」としての認識をみんなが持っているからなんだけど、とはいえそこまで違いは無かろうと思っていたのは正直なところだったし、悲しいとは言っても、今日だって普通に仕事はしたし、ジャンプだって読んでた。

でも、やっぱり居なくなるショックは格別で、今ならアントニオを剥製にしたじゃりン子チエお好み焼き屋のおっちゃんの気持ちが分かる。

「亡くなった夫の陰膳を用意し続ける」気持ちが今まで分からなかったけど、たぶん自分もしばらく、風呂に入ると洗面器にお湯を張って、ドアの脇に置き続けるんだと思う。

そうすると、嬉しそうにいつまでも水を飲んでいる姿を思い出せる気がするから。

 

こうちゃん、今までありがとう。