ペンとサイコロ -pen and dice- BLOG

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「彼方のアストラ」を、何も言わずに、読め

「彼方のアストラ」が5巻で完結したと聞いたので全巻まとめて大人買い
5巻完結っていいね、勢いだけで買っても置く場所を工面しやすい。
もう、本を買っても置く場所が無いんですよ、マジで。
電子書籍に移行するとしても、どのプラットフォームがいいんですかね。
とっちらかっている状態を本当に何とかして貰いたい。
でもAmazon帝国怖いからKindleに行きたくない。
とはいえやっぱりKindleしかないのかなぁ・・・ え?Kobo?

 

それはそれとして。

 

「彼方のアストラ」はジャンプで「スケットダンス」を連載していた篠原健太先生の新作。

(そうか、32巻も出てたのか・・・) 


スケットダンスも大好きで、アレもコレもエピソードもキャラも良いんだけど、
特に好きなのは黄老師が出てきたときの安定感。
「徹夜明けの朝5時に考えた『ぼくのかんがえたすごくおもしろいゲーム』を一旦書き出した後で、翌日丁寧に酷くする」
という悪夢のようなゲームが次々出てくるのは、天才としか思えない。

dic.pixiv.net

 

ただ、その面白さに対してジャンプ本誌での人気がそれほど爆発的ではなく、
真ん中付近を安定飛行してたのは良くも悪くも作者の「まじめさ」かなと思っていたわけです。
いや、天下のジャンプで真ん中って、それ時点でもの凄いことなのは事実なんだけど。
オレが好きすぎるだけか。そうなのか。
この人の作品は、例えばギャグで何かを壊すとか、怪我するとかにしても、やり過ぎない。
ぶん殴るシーンでも、青あざはあっても、骨折はしない。
これは絵が上手だから怪我の描写がシャレにならないから、というのもあるんだけど、
例えばもしこの作者が竹書房をぶっ壊すシーンを描くなら、まず巨大化しなきゃいけないし、その薬をどう調達するかとか、そういう順序で考えてしまうタイプの人だと思う。
ギャグマンガなのに、キャラクターの描写にしても、ちょいちょいガチで重たい設定を持ってくるとか。
(非行・引き籠もり・血縁のない家族関係、等々)
実際あれは賛否両論あったみたいで、本当読むのが辛いレベルで重たいのをぶち込んでくるわけです。
とはいえ面白さは指折りなので、未読の方はこの機会にでも絶対目を通して貰いたい名作。
で、その(個人的には)信頼ある作者の新作、ということで期待に胸を膨らませての「彼方のアストラ」です。

 

前置き長い!

 

この作品、連載はWEB媒体の「ジャンプ+」で、連載が始まったことも当初知らず、
無料公開の第一話だけ読んで、あとは単行本を待ってました。

彼方のアストラ 1 | ジャンプBOOKストア!

ということで第一話が公開されているので、そちらを読んで貰うのがいいと思うんですが、
話は「宇宙で遭難した少年少女が頑張って帰還する物語」です。
古くは十五少年漂流記(原題:二年間の休暇)から続く伝統的プロットで、
少年少女がサバイバルを通して成長し、帰還するという、これだけ聞くとありふれた物。

十五少年漂流記 (新潮文庫)

 

ここに味付けをするのが「宇宙での遭難」というSF要素と、「なぜ遭難したか」という推理要素。
SF描写はSF大好き人間の自分としては納得の作りで、設備の配置や動き、「重力に注意!」と警告した後の防御姿勢、無重量状態における水の危険とか細かい部分の描写がすごくうまい上、余程重要な部分以外ではSF描写に関する説明もない。
SFでも妖怪でも歴史でも、ちゃんと描写するにはそのジャンルに詳しい必要があって、
詳しい人ほど説明をしたくなってしまうことも多いわけです。
SFなら「ジュラシックパーク」などで有名なマイケルクライトン、妖怪なら言わずとしれた京極夏彦、歴史なら塩野七生あたりを思い浮かべればわかりやすいかと。

あー、そういやローマ人の物語、途中で止まってるわ~

アンドロメダ病原体 (ハヤカワ文庫 SF (208))鉄鼠の檻ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) (新潮文庫)

 


マイケルクライトンとか、SF作品を書くときは「最後まで一切触れられない科学ネタ」を大体一発はぶち込んでくるからね。
複線かと思ったらタダの作者のダベリに付き合わされれたっていう。
いや、面白いからいいんだけどさ。
だから「丁寧なのに違和感なく、説明を省いて描写」ってそれだけで結構凄いわけです。

 

次に推理部分。
ジュブナイルでSFなんだから、推理要素はおまけ」と思うでしょ?
自分もそう思ってました。
ところが「なぜ遭難したか」から雪崩を打って増える疑問に、思惑、人間関係、世界観。
最後にはきちんと収束するだけでなく、そのヒントはちゃんと冒頭から示されている。
私は単純に「おー、すげー」と見入っているだけでしたが、「本格推理好き」を自称する
妻の目から見ても「しっかりルールを守っている、本格推理作品」とのこと。
「ちゃんとそれぞれの推理要素にヒントを入れている」と感心していました。
(ここでいう「本格推理」は推理物におけるジャンル名だそうです。こっちの界隈も面倒くさいらしい)

 

そして何より、推理がSFと、SFがジュブナイルと、そしてジュブナイルが推理とがっちりと噛み合った構成。
「推理物+SF」って、ちょいちょい見かける構図ではあるんですが、
推理をがっちりしようとすると「それ、SF要らなくね?」となったり、
逆にSFのフィクション色が強くて「いや、そのアイテムがあったら何でもアリじゃん」となる作品も(どれとは言いませんが)あるわけです。
やっぱり「この二つをわざわざ組み合わせる必要性」って難しいと思います。
だからこそ、それをきちんと組み合わせた「星を継ぐもの」なり、「ファウンデーション」シリーズが名作と言われるわけで。

星を継ぐもの (創元SF文庫)ファウンデーション ―銀河帝国興亡史〈1〉 (ハヤカワ文庫SF)

 

「彼方のアストラ」ではそれらががっちりと組み合わさっていて、しかもそれがジュブナイルとして、彼らの迷いや成長を描く材料にもなっています。
推理を解くことが成長譚の足がかりになり、その推理にはSFが絡み、そしてそもそも成長する旅はSF要素に溢れている。
「要素を足すのではなく掛け算する」って口で言うのは簡単だけど、どうして良いか、なかなか分からないじゃないですか。
だったらこの作品を読んだらいいです。
こういうこと。
そんな教本にしてもいいんじゃね?と思うぐらい見事。


そして最後に一番大事なこと。
「面白くて、明るい」

 

スケットダンス」はギャグ漫画の中に時々重い、暗い話を盛り込むスタイルでした。
だからこの作者は元々明るい話と暗い話を混ぜて描く力はあるわけです。
それが「彼方のアストラ」では、「遭難という極限状態」という「暗」をベースに、
キャラクターたちの「明」るいキャラクターが困難を笑い飛ばします。
実は使っている技術は同じ、という。

 

で、その読後感は例えば「火星の人」のよう。

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

個人的にはこの作品は数々読んだSFの中でも最高傑作だと思います。
単純に構成が良くできているとか、描写が丁寧とか、文章がうまいとかだけじゃない。
もちろん作者が元NASA勤務だっただけあって、そうした部分は完璧にクリアしています。
(唯一のフィクションは作者が「これだけは作品として成立させるために足した」と明言している)
でも一番凄いのは読んだ後に「気持ち良い」と感じたこと。
とにかく爽快で、気持ち良いんです。
映画の宣伝に、TOKIO、というか城島リーダーを起用して、畑で腰を伸ばしながら空を見上げて
「あいつも頑張っとるんかいなぁ~」と言わせなかったことを本当に悔やむぐらい。
(見た人には、それが最高の宣伝と分かると思います)

 

そういえば小学生・中学生の頃には、「ロビンソンクルーソー」や「神秘の島」といった遭難ものが好きで、たくさん読んだ記憶があるんですが、同じ遭難物でも、南極の探検隊や地球一周などの実録記は得てして凄惨で、食料難、現地住民との抗争といった「困難」がメインに描かれている物が多くありました。
ところが「ロビンソンクルーソー」も「神秘の島」も、最初こそ苦労しますが水や食料が安定すると結構楽しんでる感じもあるんですよね。
オランウータンにタバコを吸わせて喜んでたり。
そしてこれらの作品が、同時期に流行した数多の作品を押しのけて「名作」として残っている理由は、まさにその「爽快さ」ではないかと思うんですがどうでしょうか。

ロビンソン・クルーソー〈上〉 (岩波文庫)神秘の島(上) (福音館古典童話シリーズ)

 

いや、別に「老人と海」や「変身」を貶しているわけではなく。
アレはアレでいいと思うんですよ。両方好きな作品ですし。

老人と海 (新潮文庫)変身 (新潮文庫)

 

でもこの作品の良さは気持ちよさにあって、それは登場人物たちが皆前向きであることでしょう。
そしてそれは主人公でありキャプテンのカナタの「サバイバルの心得」でまとめられています。

その一.前に進めば前進する
その二.起き上がれば立てる
その三.
その四.みんなそれぞれ色んな力をがっちり合わせれば大抵の事はどうにかなる
その五.あきらめたらそこで試合終了
その六.できないのはいい、やらないのはダメ
その七.
その八.怒ると腹が減る

その九.
その十.立ち止まったら進まない

 

当たり前のことをやれるか。
クルーメンバーはこの言葉を最初はバカにしつつ、最後には噛みしめて動く。
とにかく元気をもらえる作品です。

 

好きな作品はこうしてしっかり伝えないと消えてしまうと思ったので、
ちょっと久しぶりに書評を書いてみました。

あと、これの影響もある。

note.mu

おう、書いてみたぞ。

気になったらぜひ買ってみてください。絶対に損はしませんから。

 

この作品、元のプロットは長編だったものを、中編に直して登場人物を減らしたそう。
個人的には、今の構成が凄く良いと思います。
でも、実は作者としてはそれって「儲からない」変更なんですよね。
だからこそ、こうして少しでも宣伝して、読んでもらえる人が増えればいいなと思う次第です。

 

追記:下書き段階で書評を読んだ嫁の感想。

「なんか他の作品の紹介しかしてないね」

だって推理物だから、ちょっとでも踏み込んだことを言うとネタバレになっちゃうんだよ!

ちなみに嫁のコメントは「読んだ後にAmazonので5巻の感想を読むのがオススメ。みんなで讃美合戦になっていて、色んな人のツボを観察できる」とのこと。

 というわけで気になる人はこちらからどうぞ。(ただしネタバレには超絶注意)