ペンとサイコロ -pen and dice- BLOG

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作家でメシが食えない時代

「今どきの本格SF作家は、作家業でメシは食えない」
自身のブログで紹介していた作品の話をしていたときの、友人の言葉。


紹介されていた本はこちら。

戦闘妖精・雪風(改) (ハヤカワ文庫JA)

戦闘妖精・雪風(改) (ハヤカワ文庫JA)

自分の読んだのは「改」ではなくオリジナルの方。
内容はとても面白かったが、「本格SFの白眉」(裏表紙の解説より)とされる本作の文庫初版が1984年
その友人曰く、この作者の世代が「SFで食えた最後の世代」らしい。
近年の本格SF作家は、小説では食っていけないため、ほとんどの人は本業を別に持っているらしい。


本当かな?と思って調べてみるも、SFというジャンルで過去数十年の推移を総括した資料が見当たらない。
とりあえず、友人の言葉が正しいとして今回は話を進めさせていただく。
バックボーンの資料があれば是非ご紹介下さい。

メシが食えない理由は

友人に言わせると「なんでメシが食えないんだろう」だが、SFに詳しくない自分に言わせれば、
むしろ「なんで昔はメシを食えたんだろう」と思う。


例えば上の作品。
作品としては個人的には文句なしで面白い。
だが、例えば、戦闘機の空中戦(ドッグファイト)の描写。

不明機、右旋回降下。雪風も追撃。不明機、六Gで引起こし。雪風の後方占位をかわそうとする。
雪風、最大迎え角で六・五Gをかけて、四〇〇メートルまで接近する。零の目にその不明機がはっきりと見えた。
(本書 p23。原文では改行無し)

格好良いんだが、戦闘機の知識が無いと、書いてある内容の理解自体が難しい。

F-14 Tomcat / cliff1066〓

本格SFと言えば、そういう物のようで、読者に飛行機や宇宙、ロケット等の知識など、
その作品に関連する科学知識がある前提で書かれている。
もちろんいちいち説明を入れればこのテンポの良い描写がダレてしまうので、
良くも悪くも、この描写について行ける読者のみをターゲットにしていると言える。

マニア化は市場を潰す

結局彼の言う「本格SF」というジャンルは、高度化し、マニア化していると感じる。
戦闘機はどんな大きさでどんな機能があり、どれぐらいの装備を載せられて、どのぐらいの速度が出せるのか。
また、強烈な旋回を行うとG(加速)がかかり、レッドアウトやブラックアウトを起こす。
戦闘機一つ取っても、最低限この知識が無ければ読むことすらできない。


ゲームでもスポーツでも、本のジャンルでも、ユーザー層がそのカテゴリに慣れるほど高度化・先鋭化する。
先鋭化しすぎると、新規ユーザーが参入しにくくなりそのカテゴリが衰退する。
コンサルタント佐藤義典さんはこの状態を「マニアトラップ」と言っているが、この命名は素晴らしい。
・リンク → マーケターのお役立ちサイト マーケティングパラダイス


ではこの状態から抜け出すにはどうしたら良いのか。
市場が衰退しているなら、新規ユーザーを獲得するか、残ったユーザーの単価をアップするしかない。
ただし単価アップすると新規ユーザーはさらに参入しにくくなり、市場は収束に向かう。
つまりジャンルとして復興するには、いかに新規ユーザーを獲得するかがポイントになる。

初心者向けというジャンル

他のジャンルでは「ラジコン」が同じような状況で初心者対策を行っている。

DTM rc-cars / tiegeltuf

ラジコンの中でも最上位になる「オンロード」では、サーキットで速度を競う。
価格はシャシー(車体)だけで5万円以上で、走る状態に組み立てると10万近くになるらしい。
もちろんハードルはとんでもなく高いし、「スピード」という数字で結果が出るので初心者は上級者に負け続ける。


そこでラジコン業界で「初心者向け」としてPRしているのが「ドリフト」というジャンル。
こちらはフルパッケージで3万円程度から始められて、しかも組み立て・塗装済で購入できる。
つまり「買ってすぐ遊べる」
(レースタイプのラジコンカーでは組み立て・調整が当たり前で、それも醍醐味の一つ)
また、カーブでどうドリフトを決めるかという「格好良さ」「気持ちよさ」を重視している。
オンロードの人達からすると、買ってそのまま走らせるドリフトは「オモチャ」だし、
走る本人の「気持ちよさ」を基準にすると勝敗もかなり主観的になる。
ただドリフトでラジコンを始める人が増えれば、一部がオンロードに進み競技人口が増える可能性がある。

成功は衰退の第一歩

考えてみると、現在巨大化しているライトノベルなども同様の危険があるのかもしれない。
興味のない人たちから見ると同じような題名の本が、次々に発売されて売れている。
俺の妹がこんなに可愛いわけがない (電撃文庫)バカとテストと召喚獣 (ファミ通文庫)とある魔術の禁書目録(インデックス) (電撃文庫)とらドラ!1 (電撃文庫)涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)
数十年前、友人の言う「SFで食えた時代」もこういったブームだったのでは?と思ってしまう。
してみると、書籍のジャンルは小さなブームを繰り返し、流行のカテゴリを移っていくのかもしれない。

成功し、成長し続けるマンガ

一方マンガというカテゴリは長期間、安定して成功している。
ドラゴンボール (巻1) (ジャンプ・コミックス)スラムダンク (1) (ジャンプ・コミックス)闇金ウシジマくん 1 (ビッグコミックス)ベルセルク (1) (Jets comics (431))ちはやふる (1) (Be・Loveコミックス)
マンガはジャンルでは無く表現方法だ、という意見もあると思うが、日本のマンガは「文法」が多い。
例えば「汗」の表現や、「怒りマーク」という表現は日本独特で、アメコミではこういう表現をしないらしい。
アメコミは妙にリアルで、日本人から見ると暑苦しく見えるが、これは移民の多いアメリカならではで、
漫画的表現に馴染みが無い人達でも、直感的に読めるようにしているためだそう。
日本ではみんながマンガを読み慣れているため、こういった「文法」が成立する。
つまりマンガというカテゴリに新規顧客が安定的に入り、みんなが「文法」を理解することで
現在のマンガ文化が成立し、維持されていると言える。


このマンガ文化を維持させている重要な仕組みの一つは、少年マンガ」「少女マンガ」等のジャンル分けではないだろうか。
マンガには表現のシンプルな物から複雑な物まであるが、少なくとも少年マンガ」「少女マンガ」では
対象年齢が低いとして、必然的に平易な表現しか使わない、という暗黙の了解がある。
難解であったり、先鋭的な表現は「青年マンガ」等が担う。
このおおざっぱなカテゴリ分けによって、少年マンガなどが実質的な「入門書」の役目を背負い、
日本のマンガ文化を発展させ、維持させている重要なポイントでは無いかと思う。

SF復興への道

では本格SFというジャンルが再興するにはどうしたらいいか。
ポイントは「本格」SFという名称。
上に挙げたように、内容が初心者の理解を超えた物になっているなら、SFの入門書が必要になる。
要は裾野の広い、「売れるSF」「分かりやすいSF」
本格SFファンからは「あんなのSFじゃない」と言われても良い、でも本格SFに繋がるエッセンスがあるもの。
それが作れるかが、結果としてSF、ひいては本格SFというジャンルの行く末を決めると思う。
つまり高品質な「少年(少女)SF」「少年(少女)ライトノベルというジャンルが成立し、
そこに作家が流れ込めばそのジャンルが生き残る道に繋がるんじゃ無いだろうか。
(「ライト」ノベルの更に入門書、というと逆説的だが、将来的に必要になるかもしれない)


子供向けのSFはあるだろうが、それがジャンルとして明確に分類されているか。
また、子供向けで終わらず、大人も楽しめるしっかりした作品で、それが本格SFに繋がるか。
ファンタジーでは、例えばハリー・ポッターはこの要件を満たしていると思う。
SFならジュラシックパークの作者、マイケル・クライトンは結構この要件を満たしている。
ジュラシック・パーク〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)ジュラシック・パーク〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)ジュラシック・パーク [DVD]ジュラシック・パークIII 【プレミアム・ベスト・コレクション1800円】 [DVD]
彼の作品では出てくる科学技術の解説が結構しっかりなされる。
(作品で使わない知識も必ず混じっているあたり、科学オタクなんだと思う)
そういったカテゴリができ、初心者に優しくなればまた「SFで飯が食える時代」になるのかもしれない。

ついでに

折角なのでその友人の読書ブログはこちら。
SFに限らず様々な本を紹介しているので、読む本のヒントが欲しいなという方は是非ご覧下さい。
・リンク → 21世紀文学研究所
あと、彼の紹介で次に読みたいのはこちら。
まだ読んでないので、感想は書けませんが。

グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)