スマホきらい、スマホこわい
iPhoneをやめてAndroidにしました。
そしてすでにちょっと後悔。
やっぱり、当初の目的通り「かんたんケータイ」にしときゃよかった。
簡単ケータイ+タブレットを購入しようと電気店に向かったんだが、
Sony tabletの3Gモデルが人気で売り切れていたためwifiモデルを購入。
屋外で使うためには必然的にケータイにテザリング機能が必要になり、仕方なくスマートフォンを購入、という流れ。
「テザリング機能のある簡単ケータイ」があったら迷わず購入したんだけどね〜(←マニアックすぎ)
最近の携帯電話の選定も面倒くさいね。
スマホ嫌い
友人諸氏には前々から言っていますが、スマートフォン反対派です。
ポイントは二点。
- ボタンが無いので、画面を見ながらでなければメールなど文章を作成できない
- ブラウザや画面遷移で画面がぬるぬる動く
スマートフォンは目に悪い、と思う
元々頭痛持ちのためか、細かい文字を読んだり、激しい動きを目で追うと頭や目が痛くなる。
ゲームは基本的に大丈夫なんだけど、細かい文字を追わなければいけない場合などはやっぱり頭が痛くなる。
こういう人間はレアケースなのかもしれないが、とにかくそういう訳で携帯電話は苦手。
小さい画面の中で細かく文字が動かれるとものすごく目が疲れる。
これって、頭が痛くなるのは自分ぐらいだとしても、目に悪いというのはみんな共通じゃないかなぁ。
On the Verge of Siri / Manny Valdes
スマートフォンは文字を打つときにもずっと画面を注視しなければならない。
ガラケーならボタンがあるので、文字を打っている間は別に画面を見なくても大丈夫。
携帯電話は小さい画面に入力と表示が一体になっているので、文字を打っている間にも画面が動く。
これはガラケーでもスマートフォンでも同じ。
こういう画面ってすごく目によろしくないと思うので、入力中は画面を見ないでよいガラケーはありがたい。
最悪なのは画面の移動。
指の移動に従って、ぬるぬる快適に画面が動くと言うことは、それをずっと目で追わなければいけない。
これはものすごく疲れる。
ガラケーの良いところは、移動をボタンで行うので、移動が「行単位」だということ。
これならカチカチとデジタル的に移動してくれるので目が疲れにくい。
5万でも、10万出してでも買いたいケータイ
とりあえず今から新しいOSを作ろう!
というのはどう考えても現実的ではない。
やっぱりAppleにしろ、Androidにしろプラットフォームとしての力は大きいので、
様々なアプリを動かすことが出来るという点では、ガラケーにはとても真似が出来ない。
今後を考えていくと、プラットフォームはAndroidかwindowsにせざるを得ないんだと思う。
でもAndroidをベースに、操作性にも現実的な解決案が出せるんじゃないのか?
例えば「ジョグダイアル」。
あったらいいな、「ジョグダイアルスマートフォン」
ジョグダイアルはマウスのスクロールボタンと同じで、回転と押し込みが出来るボタンのこと。
※写真はwikipediaより
ソニーが携帯電話で好んで付けていたので、10年ほど前には結構見かけたが、最近は見かけない。
これをスマートフォンにも搭載してもらえば、デジタル的にカチカチとスクロールが出来る。
ソニーはAndroidベースで独自のUI(ユーザーインタフェース)を作るのが大好きな会社なので、
ジョグダイアルという自社の独自性の出せるハードウェアを組み合わせた携帯電話は戦略にも合うと思うけどどうだろう。
それでも大画面じゃないと売れない、というのなら、
スライドキーボード+ジョグダイアルのスマートフォン。
Xperiaブランドは派生機種が多いんだから、一つぐらいこういうのがあってもいいんじゃないだろうか。
あったら?
違約金払って、価格が5万円しようが今の携帯電話から乗り換えますよ。
作ってください、ソニーさん!
そんなことを書いていたらMICROSOFTから「Surface」発売ですか。
スペック云々は未定だけど、キーボードにもなるカバーが付いていると。
うん、これだけで欲しいわ。
全てを記録するときに、必要なモノ
「人生の全てを記録する」という荒唐無稽に感じるだろうか。
生活の全てを記録してしまえ、という考え方は「ライフログ」と言われる。
・リンク → ライフログ−Wikipedia
データの保存にかかるお金は、ほんの少し前と比べてもとても安くなった。
The Storage (Long) Tail / dottavi
今ではネット上の無料ストレージでもGB単位で簡単に借りることが出来る。
では、自分たちが生きている中でのデータはどれほどの分量になるのだろうか。
文字なら生涯通じてでも1GBもあれば余裕で足りる。
試算によると、目で見る・聞いた物のうち、閲覧した本や音楽などを対象にすると
一生で3TB(テラバイト)程度、生活全てを動画記録すると一日で500GB程度になると言う。
(数字はWikipediaより)
ライフログは技術の既定路線、なのか
とりあえず現段階ではライフログの考え方は
「おまえ、そんなに自分が好きなの?」
という程度の感覚にしかならない気がする。
でも、データの保存がもっと安くなり、保存が簡単にできるようになるとどうだろうか。
例えばこの記事。
ライフログの元のネタは、日経サイエンス2007年6月号にあった記事だ。
- 出版社/メーカー: 日経サイエンス
- 発売日: 2007/04/25
- メディア: 雑誌
- この商品を含むブログ (1件) を見る
だから、今回は雑誌の内容を参照できなかった。
保存がもっと簡単に、安く出来るようになれば、雑誌はさっさと自炊したり、電子化すればよい。
町を歩いていて面白い物があったり、他の人との話で
「そういえばこの前こんな物を見たよ」
と言ったときに、意識して保存しておかなければ画像は簡単に取り出せない。
でもライフログがあれば、「この前見たこれ」を簡単に見せられるようになる。
一昔前には、町を歩いている人達のほぼ全員がカメラを持っていて、
それがいつでも見られるなんて夢物語だった。
Mobile phone cameras capture protest moments - #Jan25 Egypt Revolution / sierragoddess
ライフログもそういった臭いがする。
ライフログなんて大層な名前を付けなくても、みんながデータを保存する容量が増えていき、
いつしか「お前保存してないの?不便だなぁ」なんてことになる、ってことじゃないだろうか。
とりあえず撮って、あとから取り出す
ライフログではないが、「後から取り出す」という考え方の商品はすでに面白い物が商品化されている。
[rakuten:shop-sedona:10000427:image][rakuten:shop-sedona:10000428:image]
「lytro」というカメラで、撮像範囲の手前から奥まで、複数のピントを合わせることが出来る。
これだけではなかなか分からないと思うので、下記ページを見て頂けば分かりやすい。
2枚の写真がアップされているが、この写真のどこをクリックしても、そのクリックした場所にピントが合う。
・リンク → 後からピント合わせカメラ Lytro のマニュアル公開、極めてシンプル−Engadget Japanese
このカメラを持っていれば、ピンぼけは解消されるし、撮像時にはなにも考えず
「とりあえず撮っておく」だけで良い。
ライフログ時代にもこんなカメラが要求されるのではないか。
町を歩いた時の風景を全て記憶しておけば、
「あのときにあの交差点で見た面白い看板」
「信号が点滅したときに走って横断していたあいつって高校の同級生じゃね?」
「突風が吹いたときに見えた奇跡のパンチラが!」
なんてのが後から取り出せる。
(最後のは犯罪になるのか?)
この時に「撮る」ことは意識しなくて良い。
面白い物が「目に入る」ように町を歩けば良い。
ライフログ時代に必要な物は、ネット時代に必要になった物
そんな時代に必要な技術やツールは何だろう。
それはネットの黎明期を思い出すとイメージがしやすい。
(二十代の人達は、もしかしたら既にこの時代を知らないかもしれないけど)
ネットの黎明期、Googleが出てくるまで検索の覇権を取る闘いがあった。
Yahoo!,goo,infoseek,altavista等々、人力とロボットが入り乱れて「より良い検索」を競い合った。
ライフログが進んだ時に必要になるのも、データを記録する「機器」と、
データを保存する「ストレージ」、そしてデータの「検索」の三点になるのは間違いないだろう。
自分の過去を、検索する
自分の生活を24時間記録したところで、それが探せなければ意味は無い。
「××の結婚式の写真」といってスムーズにその写真が出てこなければ、
結局は写真の膨大な山の中から必要なデータを探さなければならない。
Wedding Cake / Shelley Panzarella
今までは記録した写真の中からの検索なので、まだその容量はたいしたことは無かったが、
これが「今までの全人生から検索」となると全く話は変わってくる。
少なくとも何も言わずに「結婚式」と検索すれば、自分の人生の中で結婚式に絡む物だけをピックアップ
してくれるぐらいの賢さが必要になる。
では「結婚式」と言うと、それは自分の結婚式なのか?自分が出席した結婚式か?この前見たゼクシィのCMか?
「結婚式」で出てくる情報も人生の中では膨大になる。
友人と話した一言を検索に含みたいこともあるだろうし、それは省きたいこともある。
ライフログの中での検索は、自分の生活の中で流れていった物、
話した内容、雑誌の内容、町の風景、見た映画、子供の表情
それを全部検索対象にひっくるめることを指す。
つまり、町を歩いていた時に目に入った物全てに意味を見つけ、検索タグをつけるということだ。
「撮影」→「記録」→「意味づけ」→「検索」
上にも書いたが、ライフログによる記録は
「撮影」→「記録」→「意味づけ」→「検索」
という順に進んでいく。
現段階はまだ「いかに撮影するか」のレベルを出ていない。
でも、少なくとも携帯電話という撮像機器をみんなが持ち歩いているわけで、
最低限の撮影も、保存も出来るようになっている。
保存は既に出来る。
あとは値段だけ。
ライフログが必要となる時代が本当に来るのか?というのはこの手の話をする際にいつも問題になる部分。
でも、すでに個々の要素は開発が進んでいるし、画像の意味づけや検索は
現時点でも成功すれば(ライフログとは関係なく)大きなメリットを得られる。
ここまでカメラの話ばかりになっているが、ライフログが対象とするのは「生活全て」。
それは目に入った文字をとにかく分析するOCR機能でもあるし、
(これが出来ればレシートを読んで自動的に家計簿を作れる)
Ovation reciept.. / Pacdog
耳にした音楽や、話した内容を自動的に文字に起こすことでもある。
これからの大学生はこんな研究をすれば面白いだろうし、
「儲かるネタが無いんだよ」と抜かすPanasonicやSONYなんかは、1000億かけてでも
この辺を本気でやって、Googleが追いつけない状況にでもなれば本気で面白いと思う。
ビジネスにおける「成功」の反対は、「何もしないこと」。
嵯峨野鉄道の社長が仰っていた言葉だが、「こんな時代は来ないよ」といわず、どこかが力を入れてやって欲しいなぁ。
そういたオリンパスのHMDカメラはどこに行ったんだろうか。
スマートフォンは、言葉に出来ない言葉を作る
スマートフォンの使い方は、
一にコミュニケーション、二にゲーム、三にカメラらしい。
Androidアプリ「FxCamera」を提供する会社CEOのおことば。
・リンク → FxCamera−Google Play の Android アプリ
で、そのCEOが続けて曰く
「写真は言葉を越える」
これって、ネットの未来を示す言葉なんじゃないだろうか。
ネットの普及が作る、言語の壁
ネットワークが進んでよく分かるのは、言葉の壁。
自分程度の英語力では読むのに時間がかかる。
結果、日本語訳されていない資料に触れることはなかなか無くなってしまう。
いわんや、ドイツ語をや。
いや、ドイツ語に限らんけども。
Oktoberfest / 24oranges.nl
※ぼくのなかのどいつのいめーじ(もやしもんのせいだ、もやしもんのせいだ)
自動翻訳はまだまだアテにならない。
ネットワークが普及するほど、言葉の壁は各国の中で大きくなっているのかもしれない。
だが、写真には言葉が要らない。
銃を持って突撃しているのなら戦争の画面だし、
水田の先の地平線に太陽が沈んでいく様は、世界の誰が見ても静かな風景写真だ。
カメラの共有の先にある物は
写真は言葉の壁を越えるという。
では、言葉を越えるコミュニケーションは何か。
それは「絵文字」ではないだろうか。
iPhone: Emoji Keyboard enabled / schoschie
日本の絵文字は独特の文化と言われたが、
海外の掲示板でもフェイスマークを多用する手法は古くから使われている。
実際、記事を読まなくても写真とフェイスマークを見れば、どういう反応かは大体分かる。
また、無料通話アプリ「LINE」は絵文字によるメールができ、
このデコレーションを販売する手法をとっている。
これが発展していけば、絵文字だけで話が出来る言語ができあがらないだろうか。
絵文字で会話する
「絵文字(ピクトグラム)で会話する」
という考え方は実は何度も検討され、色々な人工言語が作られている。
ブリス、マカトン、PCS、サウンズ&シンボルズなど。
・リンク → ピクトグラム&コミュニケーション
これらの目的は「言語障害者のため」のもの。
日本でもなんと1960年に「Locos」という絵文字言語が作られている。
ちなみにこのLocosを作った太田幸夫氏の記事はこちら。
・リンク → ピクトグラム(絵文字)デザインが世界を変える!? 第一人者、太田幸夫かく語りき | white-screen.jp
視覚障害者にとっての点字のような、障害者向けのツールから絵文字言語は研究されている。
だがネット社会においては、絵文字(フェイスマーク)が、
言語を越えたコミュニケーションのツールとして使えないだろうか。
カメラの先で、言葉を越えたコミュニケーションの時代が来るのでは?
アフリカやインドなど、発展途上の国では
交通インフラも電力インフラも遅れているのに、
プリペイド式で携帯電話を持って、ネットカフェでネットはしているらしい。
My tigo / JoePhoto
「貧しい国ではまず白物家電。裕福になればパソコンやネットワーク機器」
という方程式は既に過去の幻想。
今では冷蔵庫を買う前に、スマートフォンでチャットしている人達が世界のどこかにいる。
彼らは英語を話せないかもしれない。
そんな彼らのネットワークを助けるのがカメラであり、絵文字だとしたらどうだろう。
まだまだ教育が満足でなく、英語は話せない。
そんな彼らも、世界の情報を、ネットを通じて絵文字で知ることが出来る。
そうすれば、貧困にあえぐ地域から、未来のビル・ゲイツが、スティーブ・ジョブスが
出てくるきっかけになるのかもしれない。
夜更かししていてネットで知り合った人と絵文字で話をしていたら、
実はジンバブエの人だった。
そんな未来はもうすぐそこにあるのなら、
「絵文字で会話するアプリ」
For the win / Benjamin Chun
は世界で求められているのかもしれない。
SkypeからLINE、LINEから次世代の絵文字アプリに、
絵文字は日本が世界で一番発達していると言っても、誰も文句はないだろう。
日本初で、世界標準の「コミュニケーションアプリ」がリリースできないだろうか。
なかなか夢のある、面白い話だと思うんだが。