ペンとサイコロ -pen and dice- BLOG

ボードゲーム・3Dプリント作品・3DCG制作を行う「ペンとサイコロ」のブログです。公式サイトはこちら→http://penanddice.webcrow.jp/

ゲームの奥を浅くしろ。ゲーム業界の次の一手を考える。

GREEDeNAを訴え、DeNA横浜ベイスターズを買収し、とにかくこの二社が話題になる。
二社は携帯電話・スマートフォンのゲームで急拡大し、利益率も非常に高い。
そしてその二社と日本のゲーム業界の大手、スクウェア・エニックスが提携した。
12月2日、モバゲー(DeNA)でファイナルファンタジーの新作をリリースすると発表し、
返す刀で12月6日、GREE「サガ」シリーズの新作をリリースすると発表。
節操が無いとか言われるがエンターテインメント企業としては、顧客の流れている先にしっかり手を打つということだろう。


Googleの事業モデルは「ポータルと広告」で成り立つが、Googleが検索を牛耳ってしまったため
このモデルはなかなか真似しようという会社が無い。
それに対しAppleが成功した「プラットフォーム戦略」は、ジャンルを絞ることでプラットフォームを
作れる可能性があり、それを狙った事業が各ジャンルで展開されている。

プラットフォーム戦略

プラットフォーム戦略


GREEDeNAの二社は「携帯向けゲーム」というジャンルに絞ってプラットフォーム戦略を立てることで
成功した典型と言える。
ではこの先ゲーム業界はどうなるのか?
一人の素人が、外から眺めた状況から未来を予測してみる。

ゲームしてる時間がない人たち

GREEDeNAのゲームは、ソーシャルゲームと総称される。
釣りやら農場やら戦闘やらと色んなゲームはリリースされているが、ほとんどは基本
「クリックするだけ」のゲーム。

Bye Bye Farmville! / Marc van der Chijs

だからゲーム好きほど、「ソーシャルゲーム」と「ゲーム」ということに抵抗を持つ。
「あんなクリックするだけの物はゲームじゃない」ということらしい。


なんでこんなゲームが流行するのか?という事を考えると色々考えさせられるところがある。
まず携帯電話はみんな持っている。
そして忙しい中、移動中でも数分程度の待ち時間は日常的に発生する。
(例えば信号待ち、バス待ち、電車待ち)

Waiting in Vienna / Jeffrey - D5000

その時間を利用して、ちょっとゲームを進められるのが、今流行しているゲームの特徴だという。


どうしても話題は課金の話になるが、ゲームも商品である以上、市場のニーズやマーケティングが大前提になる。
ゲームが重厚長大になるにつれ、その準備が大変、時間が取れないというニーズが出てきた。
つまり今のソーシャルゲーム重厚長大すぎるゲームへのアンチテーゼとしてみんなが手を出した「時間つぶし」といえる。
そう考えると、むしろ悪いのはGREEDeNAではなく、その市場ニーズを汲めなかったSONY任天堂と言える。
「あんなのはゲームじゃない」という人は、「ゲームとはこんな物」と敷居を上げることでゲーム業界を
衰退させてしまったという反省をするべきだと思う。

「遊んでいただく」という姿勢

その特性から、ソーシャルゲームは今までのゲームに比べると「とにかく低姿勢」という特徴がある。
巨大な投資をして「どうだすごいだろう」と買ってもらうパッケージソフトと違い、
ソーシャルゲームの動機はあくまで「無料の時間つぶし」からスタートする。


時間つぶしの選択肢はたくさんあるし、面倒なら他のゲームをするなり、友達とメールすればいい。
どうせ無料なんだし。

だからとにかく入り口は分かりやすく、操作説明も要らないクリックゲームにする。
ゲームも時間がかからないように数分、極端な場合は数クリックで終了する。
外出時のネットワーク環境で遊ぶ前提なので、データ容量もとにかく小さくしなければいけない。
だから動きもシンプルに、ムービーも入れない。


つまり、ソーシャルゲームの基本姿勢は「遊んでいただく」ゲームであり、その姿勢こそが
既存のテレビゲームとの大きな違いだと思う。

ソーシャルゲームは「健全なパチンコ」だ

ソーシャルゲームは自分でも少しやってみたが、
システムに踊らされている感じがして楽しくないので、とりあえず今はやる気はない。
ただゲームジャンルとして「無くならなければいけない」とも思わない。
お金の価値が分からない子供が好きに課金できるのは問題だが、いい年した大人が楽しむ分には
好きにすりゃいいと思う。


ソーシャルゲームは既に数百億規模の市場に育っているが、ソーシャルゲームの課金システムが
日本で上手くいったのは「パチンコ」という下地があったというのも大きいと思う。
パチンコはソーシャルゲーム以上に単純なパチンコ玉のタイミングだけで成り立っているし、
デジタルで制御されるようになってから運に左右される要因が従来よりも強くなった。
つまり課金式のクリックゲームは既に何兆円という規模で日本にあったと言える。

参考までにパチンコの市場規模は4兆円規模と言われている。

you a winnah ha ha ha / istolethetv

パチンコホールの売り上げは21兆円あるが、換金後のいわゆるホールの「上がり」が4兆円とのこと。
ってかパチンコの換金は「善意の第三者」だからホールの売り上げと相殺しちゃいけないんじゃ無いの?


携帯電話のソーシャルゲームは、そこからギャンブル性を無くすことでむしろ「健全」な仕組みにしたが、
裾野を低年齢まで広げることで社会的な反感を買った、と考えると良いんじゃ無いだろうか。

ソーシャル全盛、という危うさ

ソーシャルゲームが流行るのは結構だが、異常に利益率が良い現在の状況は良くない。
企業が利益を上げるのは、消費者がお金を払っている限り外野がとやかく言うべきことでは無い。
だが特定のカテゴリだけが異常に利益を出すと、業界全体が「ソーシャルしか無い」という方向に行ってしまう。
ソーシャルゲームはあくまで一ジャンルで、ゲームの技術よりネットワークのデータ解析技術に重点を置いている。
もちろんそれも一つの技術だが、それだけを突き詰めてゲーム業界に発展があるかというと、甚だ疑問。


こういうことを言うと青臭いが、やはり良いゲームには基礎技術が必要だし、
売れない物や基礎研究にある程度パワーを配分しなければ面白い物は作られない。
FF13FF13-2良いか悪いかは別として別としてああいう巨艦主義の作品も市場としてはどこかで必要だとは思う。

Pigtailed_Girl_FF13_02 / I'm a M I S F I T.

ソーシャルゲームで日銭を稼ぎつつ、次世代の新しいゲームの形を考える。
それならソーシャルゲーム全盛は次世代に向けての徒花として温かく見守っておけば良いんじゃ無いかと思う。

ゲーム会社の生きる道

ではソーシャルに偏りすぎず、マニア向けすぎない落としどころはどこだろうか。
ゲームの世界では、基本的に操作性やグラフィックは向上して、開発費は向上する方向に向かっていった。
ソーシャルゲームはそれに対するアンチテーゼであり、成功作だった。


携帯電話はまず操作性が悪い。

P-04B / s.sawada

そして応答性も悪い。
画面も小さく、粗い。
なにより機器が統一されていないので、見え方、操作性が制作者側の意図した物と一致しない。
GREEDeNAの結論は、「それならクリックするだけで良いじゃ無いか」という最低限に合わせた戦略。
ゲームに求めるのはカタルシスだと考えれば、FPSで茂みの中から精密射撃で120m先のヘッドショットを決めるのも、
テトリスを決めるのも、クリックすると「成功」という文字がでるのも等しくカタルシスだ。
それならクリック一つで快感を得られるものは何か、というのが現在のソーシャルゲームにある基本的な考え方だと言える。


今のソーシャルゲームがこのカタルシスをシンプルにしすぎているなら、次にはその反動が来る。
これからのゲーム業界に求められるのは、「シンプルで奥が深い」快感の提示だと思う。
格闘ゲームも、アーバンチャンピオンからスト4まで、結局「相手の裏をかいて攻撃する」という点においては変わらない。
アーバンチャンピオンストリートファイターIV(特典なし)
その間に必殺技・キャラクター・ガードキャンセル等複雑な機能が追加されただけだとも言える。
スタートして30分はムービーを見せられ、操作習得に10時間かかるゲームにはなかなか時間を割けないのも事実。
テレビゲームにも簡単さと深さを両立させ、解説や戦略の進化で成立するシステムが提案できれば面白い。

ちなみにテレビゲームで起こっている重厚長大主義と、そこからのアンチテーゼという話は
ほかのゲームでもすでに繰り返している歴史でもある。
例えば「将棋」
インドで発祥し、奈良時代には日本に伝わったとされる将棋は平安時代以降に流行した。
ところがここで重厚長大主義が台頭する。
現代の将棋は9×9マスだが、この当時は15×15の大将棋から25×25の泰将棋まであり、
大きい物は一勝負に数日を費やしたという。

※36×36の「大局将棋」写真。→ 中将棋を楽しむ、日本中将棋連盟の公式サイトです。


結局将棋は現在の9×9マスに収斂し、市場の発展性は「将棋」自体の進化ではなく
「戦略」「ルール」といった「遊び方」による進化が主となっている。
(さらにシンプルにしたどうぶつしょうぎという「将棋」自身の進化もある)

どうぶつしょうぎ

どうぶつしょうぎ

和歌だって、丸一日歌を歌い続け、歌を繋げる「連歌」があった後に今の形になっているし、
マニアに特化した重厚長大を経て、初心者からマニアまでの深みのあるシステムに収斂するのが望ましいと言える。


イメージは「何年にも渡って世界大会の開催されるゲーム」
Warcraftストリートファイターシリーズはその要件を満たしている。
それだけで生きていく「プロ」まで存在することも一つの指標と言える。
だがハイレベル化しすぎて、今度は裾野が広がっていないことが問題となっている。

#Warcraft 2v2 PVP match at the SteelSeries #BlizzCon booth; boomkins oh my! / Glenn Batuyong

数千年の歴史のある将棋に変わるゲームを、一日二日で出せるとは思わないが、
テレビゲームというジャンルで高画質化が一旦飽和したのは間違いない。
体感ゲームの様に新ジャンルで発展していくだけでなく、20年、100年経っても残るゲームを目指すことが
そろそろできる環境になってきたんじゃないだろうか。


個人的には、懐古主義を省いて100年後に残るゲームはテトリスぐらいなんじゃないかと思う。
TETRISテトリスDSTetris Worlds (輸入版)
対戦で、戦略性のある、使い捨てられないテトリス並みのゲーム。
それがゲーム業界が見つけなければいけない次の手ではないだろうか。