虚構と事実。SFと科学雑誌。科学と魔法。
アニメ「ケムリクサ」はTwitterで繋がっている知り合いの間でも評価が高かったんですが、その中で「さと(いぬ)さん(@sa103to3tosa10 )」があの作品をSFとして高く評価されていて、なぜかそこからSF談議に話が飛んで盛り上がりました。
ケムリクサ、ほんとストライクゾーンど真ん中のガチSFだった……何これ……
— さと(いぬ)@ボ育てvol.3出た! (@sa103to3tosa10) April 5, 2019
フレンズの時もSF臭ビンビンに感じてたけど、あのビジュアルで敬遠してたのもったいないなこれ……ちゃんと見直したいな……
うわーーー久しぶりだわー鳥肌立ったのーー!!!
個人的にはSF、しかも結構ゴリゴリした骨太のが好きなんですが、ここのところは読めていません。
ただ、SFではなく、科学雑誌「日経サイエンス」を定期購読していて、これが自分の中ではSFと同じカテゴリの趣味として楽しんでいます。
科学雑誌の楽しみかた(私流)
私の科学雑誌歴は「学研の科学」からです。
「学研の科学」も1年生から6年生まで、すべて購読していました。
一番最初の付録が、確かワニか何かのデザインの水鉄砲で、全力で押したら一発目で折れて、遊べなかったのを未だに覚えています。(中のロックを外していなかったとか、そんな理由だと思います)
そんな「学研の科学」シリーズも今は廃刊らしく、こうした知識の裾野を広げる雑誌がなくなるというのは悲しい限りです。
学研の科学といえば、その中で連載していたあさりよしとおさんの「まんがサイエンス」は大好きで、大学生になってから、単行本で全部読みなおしました。
もちろん購読分は全部読んでいましたが、学年が進む「学研の科学」の特性上、一部分しか目に触れることがないので、描かれた全作品を読めたのは単行本に触れてです。
ちなみに、このセルフパロディ版で「がんまサイエンス」というブラックジョーク版もあります。これも個人的には大好き。
「がんまサイエンス」が単行本化されていないので、「科学知識満載のブラックジョーク」の雰囲気は「HAL」で楽しめます。
--閑話休題(それはさておき)--
「学研の科学」は学年ごとに一年~六年までなので、中学に入って「学研の科学」を卒業すると「Newton」を読み始め、いくつかの雑誌を経由して、今は「日経サイエンス」を購読しています。日経サイエンスも、もう購読して何年かよくわかりません。10年を超えているのは確かだと思いますが。
SFと科学雑誌、虚構と事実
科学雑誌という「事実」と、SFという「虚構」は相容れないんじゃないの?と思われるかもしれませんが、この二つのジャンルは、実はかなり密接に関係しています。
SFでは虚構として事実に「嘘」を混ぜますが、良くできたSFほど、科学検証をしっかりと行ったうえで、ストーリー上必要と思われる部分に、しかもそれとなく嘘を混ぜ込んでいきます。
それこそジューヌ・ヴェルヌの「月世界旅行」の時代から。
「月世界旅行(月世界へ行く)」は「砲弾で宇宙に飛び出して月に行く」というSFですが、その弾丸を打ち上げるための加速度や砲弾のサイズなどは意外にしっかりと計算されています。とはいえ、本当にその中に人が入って打ち上げられたら、跡形もなくつぶれてしまいますが。この部分には虚構が入っているんですね。
SFは科学によって明らかにされる「未知」をネタにするものも多く、そうなると最先端の科学知見や知識を取り込んでいるものもたくさんあります。
例えば手塚治虫作品では、「月の裏側で月の住人(ウサギ)に歓待される」とか、「月の裏側の植物」といった漫画があります。(アトムも月の裏側まで飛んでいます)
もちろん実際には月の裏側にはウサギも植物も無いんですが、これも手塚治虫は分かった上で描いていた、と自身が漫画にして語っています。
手塚治虫がアトムにインタビューを受ける形式の漫画で、アトムに「実際に月の裏側にはなにもありませんでしたね」と質問させています。それへの手塚治虫の回答は「月の裏側に何もないことは分かってたよ。でも、考えるのは楽しかった」というもの。
まだ見つかっていない、未知に夢を探すのが手塚治虫流のSFだったのかもしれません。
だから、手塚治虫大先生に限らず、未知が未知でなくなれば、SFはSFたりえなくなり、次の未知を探さなければいけないわけです。
いずれにせよ、しっかりとした考証の上での虚構だからこそ、SFはより面白くなると思います。
読者としてもそうした考証の、少なくとも基礎ぐらいは共有できていることが、(特にハードSFと言われるジャンルを)より楽しめる「基礎体力」にもなるわけです。
科学雑誌は業界や難易度によって様々な物がありますが、残念ながら日本では需要が少ないようで、雑誌不況が叫ばれる前からいくつかは廃刊されています。
専門家が読む論文は置いておくと、一般向けの中では「日経サイエンス」は結構難しい部類だと思います。
全部読むと結構なボリュームですし、最初は理解できない記事や内容も多いと思います。
ただ、続けて読んでいれば段々と理解できるようになりますし、まずは興味のある部分だけでも読んでみればいいと思います。
メインの記事に上がりやすいのは宇宙・素粒子・医療あたりですが、それ以外でも、例えば最新号(2019年5月号)では「中国でバージェス頁岩に匹敵するカンブリア紀の地層が発見された」というものがありました。
自分の中では盛り上がった、この記事を解説してみます。
カンブリア紀と言えば約5億年前の古生代前期。
恐竜どころか、脊椎動物自体がまだ存在しない大昔です。
ここまで古いと化石自体も少ないうえ、そもそも化石に残るような固い構造(骨や殻)を持っていない生物も多いのですが、「カンブリア爆発」と言われる急激な生命進化があったことが分かっています。
なんで分かっているか。
それはカナダのバージェス山のとある地層、通称「バージェス頁岩」で、カンブリア紀の地層が発掘され、その中には奇跡的に保存状態の良い、今まで知られていなかった生物の化石がたくさん見つかったからです。
こうした前知識があると、このニュースの盛り上がりが分かってきます。
「あの」バージェス頁岩クラスの発見があったということは、アノマリカリス・オパビニア・ハルキゲニア等々という、いわゆる「バージェス動物群」が見つかった時の衝撃がもう一度あるかもしれない、ということだからです。
バージェス動物群はビックリするような形をしたものがたくさんいます。
例えば当時最強の肉食生物だったといわれるアノマロカリス。
2本の触手とリング状の口、突き出た2本の複眼がありますが、この触手はエビ、口は貝であり、別の生物の化石だと発見当時は思われていました。それぐらい常識から外れた格好をしていたわけです。
また、オパビニアには複眼が5つあります。
どちらも、古生物学者でもその形態を当時は想像できず、その再現には長い時間がかかったほどでした。
この発見場所が「中国」というのも、なかなかに感慨深いものがあります。
モンゴルや中国は地質的には化石のたくさん出る地層を持った国ではあるのですが、中国で化石は「薬」だそうです。
その名も「竜骨」という漢方は、文字通り「骨の化石」です。
哺乳類の化石を指すものだそうですが、絶滅したナウマンゾウの化石や恐竜の化石も含まれるとのこと。
化石好きとしては、貝でも砕いてくれと思うんですが(竜骨の効用成分は炭酸カルシウム、つまり貝殻と同じ成分だそう)、人間の「貴重なものほど効きそう」という感覚には勝てません。
中国人をして「空飛ぶものは飛行機以外、四本足のものは机以外何でも食べる」なんて言うことがありましたが、事実、四本足なら石でも食べていたわけです。
こうしたお国柄のせいで、古い貴重な化石は権力者の胃に収まったものも多いと勝手に思ってるんですが、そんな中国でも、鳥の祖先といわれるシノルニトイデスの完全骨格化石の発見(1988)あたりからは面白い発見が続いています。それだけ研究や発掘の環境も整ったということなのでしょう。
まだまだこれからの発見に期待です。
話を戻して・・・
記事として載るのは「中国でバージェス頁岩に匹敵するカンブリア紀の地層が発見された」という一文ですが、その「文脈」一つ一つがこうした深みを持っているわけです。
新元号「令和」の語源や文献が取りざたされて、国文学の広がりや文脈が知られることとなりましたが、それは科学の世界も同じことです。
科学の世界もトレンドがあり、「事実」側の最先端がこうした科学雑誌や論文であるなら、その一歩先であろうとする「虚構」側の最先端がハードSFです。
虚構の世界をより楽しむなら、「事実」側の教養があるとより楽しいよという話です。
虚構の時代の最先端
では虚構であるSFから見た科学の世界はどうでしょうか。
SFは未来の虚構の話だから時代を問わない、というのは全くの間違いで、今ある知識から作るから、書かれた時代ははっきりと反映されます。
それは作者の知識の問題でもありますが、あまりに正確な未来予測は読者が付いてこないから、という問題もあります。
「パトレイバー」は非常によく洗練された未来予測を行ったSF作品ですが、「作中に携帯電話がほとんど出てこない」ということを指摘する方がいます。
しかし、それは「携帯電話が予測できなかった」のではなく、「携帯電話をリアルに予測すると、読者が付いてこれない」からと思われます。
「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」はSF界のビッグ・スリーの一人こと、アーサー・C・クラークの言葉ですが、科学は魔法を目指し、SFは魔法であってはいけないのです。
SFに書かれたことはすべて作者の頭の中にあることなので、そこに理想の技術を持ってくれば、なんでもできてしまいます。ドラえもんで毎回「もしもボックス」が出てきて解決しちゃったら面白くないでしょう?だからSFは「魔法」を書いてはいけないのです。
ところが科学の最先端は、「無理だと思っていたこと」を紐解く場合があります。治療法がないと思われたAIDSの治療法を探し、ゼロにできないと思われた電気抵抗は超電導ならゼロにできる。SFでこれをやったら「ご都合主義」ですが、それを実現するのが現実の科学で、それに格闘する科学者を応援するのが科学雑誌です。
こうなるとSF側も技術をアップデートしなければいけません。
今の時代に「パトレイバー」が作られたなら、ロボットは同じでも、みんな携帯電話を持っていたでしょう。
事実、最近のSF作品でスマートフォンやその関連技術が使われない作品はありません。
科学雑誌自体は、おそらくは多くの方の印象とは裏腹に、驚くほど何の役にも立ちません。
それは「日常から乖離した最先端の話だから」というだけでなく、「最先端すぎて結論が出ていない」という話も多いからです。
科学雑誌を長く読んでいると、「何年か前にこういう記事があったけど、こっちが本当っぽい」といった内容がちょくちょく出てきます。
最先端の観測データはノイズとの格闘なので、「どうもこれっぽい」という論文が記事になります。こうした場合、記事中ではその意見の肯定派と否定派、両方の意見が併記されます。
最先端の事象がすぐに100%確定することはまずないので、両論を比べて「まー、こんな感じかなー」と緩やか~な感想を持つのが普通です。
ちなみに100%の結論が出ている話を科学雑誌で記事にするときは、政治がらみが多い印象です。
「ワクチン接種はどう考えても正しいのに、一部の政治的圧力で普及しない」とか、「進化論はどう考えても正しいのに、すべての学校で教えることになっていない」とか。進化論の話はアメリカならではのネタですね。(日経サイエンスはアメリカの「Scientific American」の日本語版)
記事を読んで「こういうことかなー」と思ったときの、「かなー」の中に想像されるものは、それが宇宙の姿であったり、新しいウイルス薬であったりするかもしれませんが、それはSFで思い描く虚構と何ら変わりはありません。
例えば先の中国の化石の記事の話で言えば、「バージェス頁岩に匹敵する地層」の一言で、化石マニアの想像は無限に膨らみます。
例えばバージェス頁岩からは、7~8対の足と、棘の生えたハルキゲニアが見つかっています。ならば、中国の地層からはどんな生物が見つかるんだろうか。
この想像はSFより自由ですし、しかも事実はそれを上回ってくることは往々にしてあります。
ちなみに今個人的にホットなのは「はやぶさ2」。
「はやぶさ」の困難続きの運用とは打って変わって、「はやぶさ2」では完璧以上の小惑星へのコンタクト。
射出実験にも成功し、再コンタクトの実施検討中です。
文字で書くと簡単ですが、射出実験一つとっても、運用フローを聞くとあまりの難易度にクラクラします。
まさに現実がSFを超えてきた瞬間です。
はやぶさ2が成功した瞬間、宇宙での無人探査ミッションを行うSFはすべて一段階のレベルアップを求められることになったのではないでしょうか。
日本の作品だけじゃないです。世界のSFすべてで、ロボット探査は「ここまでできて当たり前」になりました。
あるいは、「なんかロボットがやってくれる」ではなく、制御フローをちゃんと考証する必要が出てきた作者もいるかもしれません。
そうした「ちょっと先にできるかもしれない技術」って手が届きそうだからよりリアリティを感じさせると思うんですよね。
「タイムマシンで未来から来た」なんて言われると、「いや、そりゃ無理だろ」と思いますが、「物理的に物を過去に送ることはできないが、記憶をハッシュ化して、過去のある時点の自分の脳に送ることで疑似的に過去に移動できる」と言われると、「え、もしかしてそれならできるんじゃない?」とか騙されます。
「Steins;Gate」は「秋葉原」という舞台装置も含め、「それならギリギリありそう」という表現が非常に上手な作品だと思います。
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ちなみに、何十年も前に発表され、すでに100刷!を数えるもいまだに「それぐらいならありそう」という「現実のちょっと先」を提示し続けているのが「星を継ぐもの」
- 作者: ジェイムズ・P・ホーガン,池央耿
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- 月に死体が見つかる
どう考えてもあり得ないのに、それがあってもおかしくないと思わせる。
恐ろしく秀逸な前振りです。
SFと科学雑誌。
どちらの世界でも、少しでも興味をもってもらえる人がいたなら嬉しいです。