ペンとサイコロ -pen and dice- BLOG

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[ヘボコン HEBOCON:1]私とロボコン。

ロボコンって、ご存じですか?
ロボットコンテスト」の略称のほうです。「みんなのロボコン」ではなく。

www.official-robocon.com

 

「なんかテレビでやってるのを見た気がする」
ぐらいのイメージをお持ちの方は多いのではないでしょうか。
ロボットを作って、戦う。
小型のロボットを作って押し出す「ロボット相撲」もあれば、
学生がチームを作ってボールや箱を運ぶ「ロボコン」もあります。
世界を見渡せば、人型のレスキューロボットを作る
DARPA Robotics Challenge」では賞金2.5億円という金額が掲げられています。

DARPA Robotics Challenge (DRC)

 

実は私も、大学時代に「ロボコン」をやっていました。
先代がいろいろ画策して、なぜか部室は確保していましたが、実質的にロボコンとして活動を始めたのは私の代から。
初代部長、というところです。
今はどうか分かりませんが、少なくとも当時の「大学ロボコン」はNHKが主催している大会で、予選から大会が開かれ、テレビでも中継される「高専ロボコン」に比べれば規模も小さく、なんともマイナーな大会でした。
この辺、全て当時の記憶に頼って書いていますので、現状とは異なる部分もあるかと思います。その点はあらかじめご了承ください。

 

大学ロボコンは当時、以下のような流れになっていました。

  • 一次審査:書類審査
  • 二次審査:ビデオ審査(NHKが訪問、撮影)
  • 本戦(決勝)

(今はビデオ審査が二回になっているようです)

つまり本戦に進むまで、一度も実際に試合を行わないわけです。
大学二回~四回生まで、都合三年ロボコンに挑戦しましたが、結果は三年目の二次審査止まり。
(関西では大学の学年は「何年生」ではなく「何回生」と言います)
テレビに出ないどころか、一度も試合をしないまま終わりました。

ないなら、作ろう

二回生の頃はロボコンに出られないので、人が乗れる機械を作っていました。
ロボットというより、今考えたらカートと言う方が近いですね。

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当時「バーチャロン」というロボット対戦ゲームがあったのですが、私にとってはそのゲームの思い出は、そのゲーム自体ではなく
「コントローラを改造して、そのカートの操作用に使った」
事だったりします。

virtual-on.sega.jp


二本のスティックを使って、前進・後退だけでなく、左右への水平移動、その場での回転(超信地旋回)もできるもので、メカとしてはよく頑張って作ったと思います。
さすがにバーチャロンのアクション「スティックを広げるとジャンプ」は再現できませんでしたが。

 

そして四回生のことだったと思いますが、大学ロボコンにも出られないので
「自分たちでロボコンを作ろう」と近隣の大学に声を掛けて「ミニロボコン」を開催しました。

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手を上げてくれたのは京大・同志社大学
今となってはメールの記録も残っておらず、他にも参加大学があったかもしれませんが情報がありません。(ちなみに上記二大学が参加したことが分かるのは、大学に行くために保存していた地図が見つかったから)
今なら写真もたくさん残っているのでしょうが、当時は携帯電話がようやく普及し始めた時期です。
大体がちまちま機械加工をするのが大好きな連中の集まりなので、写真を残して大々的に宣伝することもなく、その写真もほとんど残っていません。

上はその貴重な数少ない試合の写真。
今考えればもったいない事をしたと思いますし、作ったロボットの写真すら残していないというのは、今じゃ考えられませんが、それが事実なんだから仕方ない。
大学の授業もロクに出ずに、工場でアルミ加工ばっかりやってたからなぁ。

 

ちなみに工場というのは、大学構内の工場です。
今もあるのかは知りませんが、大学構内に工場があり、私の在籍した工学部機械工学科では工場実習が必須科目でした。
おかげで旋盤・フライス盤・シャーリングマシンなどが一通り揃っていて、実習以外で使う事もそうそう無いため、それらの機械を自由に扱う事ができました。
大学で遊んでいるような設備なので、NCもない、旧式の加工機です。
おかげでNCプログラミングやラダーには触れずに大学を卒業しましたが、工場内の安全や基本的な加工は実地で学ぶ事ができました。
あれは本当に自分の身になったと思います。
工場の技官も暇をしていたのでしょう、手取り足取り教えてくれました。
工学部とはいえ、ほとんどの学生は工場実習で初めて工場の各種作業を行います。それもあくまで「体験」レベルのもので、私も溶接や鋳造はこの実習で経験したのみです。
ロボコンの連中は当然一通りの安全講習を済ませて機械加工もできるので、機械実習時は技官の助手のような形で動いていました。
そんなことも良い思い出です。

 

閑話休題(それはさておき)

 

ミニロボコンはピンポン球を使った競技を考え、各大学の大学祭で持ち回り開催しました。


もちろん競技場も自作。
声を掛けたうちの大学にかぎらず、残念ながら各大学ともそれほどレベル高いわけではなく、ロクに競技になっていないシーンも多々ありました。
何せ思いついて徹夜で一晩掛けて作ったロボットを、試験走行も無しにいきなり試合に出したりしていましたから、レベルが低いのも当たり前です。
あと、何より金がない。

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ちなみにこちらが参加した中で最大の機体。

「試合開始時のサイズ」でしか規定がなかったので、試合開始直後にアームを伸ばしてぐるぐる回るという力業の機体。

参加校のレベルが低いだろうと競技場のデザインやルールを極端にシンプルにしたため、こういう力業の機体が強いという結果になりました。

そういうレギュレーションの甘さも含めて、楽しみました。

 

ロボコンは作って戦うのももちろん楽しいんですが、個人的にはこうしたルールやロボットのアイデアを考えるときが一番楽しかった気がします。

それを実現出来る技術力があるかはともかく、思った形を考えて、作るのが楽しいんです。

 

卒業して何年かしてちょっと訪問した際にも、まだロボコンは残っていました。
その当時はロボット相撲などに出場していたそうです。
ArdunoもRasbperry Pi もなく、マシン語を直打ちしていた当時に比べれば今は誰でも簡単にロボットを作れる時代になっているんだと思います。
私は完全なメカ屋だったので電気は全くの素人です。でも今の環境が当時あれば、電気的な部分にも手を出せたかも知れません。

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私は自分が「作る」事にしか興味がないので試合はほとんど見ないのですが、各地でロボコンの大会が開かれ参加者がいて、また私の後輩が大学でロボコンを掲げて活動してくれているなら、嬉しい話です。

 

次のゲームに繋がる話を、三回ほどに分けて書いていこうかと思います。

次のゲームとして考えているのはロボット。そこで私とロボットの関わり、そしてどのようなロボット、どのようなゲームを考えているかを順に書いていこうかと思います。ご興味を持って頂ければ幸いです。