Nintendo switchがいよいよ発売されます。
Nintendo switchのキャッチコピーは「いつでも どこでも 誰とでも」。
ローンチソフトの中で、遊び方を教えるための教科書のようなソフトは「1-2-switch」。
操作の独自性の高い任天堂は、こうしたソフトに力を入れるのもいつもの事。
今回はワリオなどのIPを使っていないあたり、「誰とでも」に「今までゲームになじみのない人」を含めようとする意図を感じます。
そしてその「1-2-switch」のキャッチコピーは「目と目を合わせて」。
「いつでも どこでも 誰とでも」「目と目を合わせて」。
これ、私が常々「デジタルのゲームとアナログゲームの違い」として挙げてきた事です。
デジタルのゲームは画面の大小はあれど、どれも画面を見るのが当たり前です。
そして多くのゲームには慣れが必要なので、どうしてもゲームになじめない層が出てくるし、多くの場合、高齢の方が初めてプレイするのは難しい。
アナログゲームの中でも、例えば「ドブル」や「キャプテンリノ」などは、
「誰とでも」という条件をかなり満たしたゲームです。
また、ほとんどのゲームでは相手の目を見ての読み合いが重要なので、
この点もデジタルのゲームとは違うところ。
しかしNintendo switchはこの二つのポイントを真っ正面から「セールスポイント」として打ち出してきました。
「もう、テレビゲームでいいんじゃない?」と言われないために
もちろん上に上げた事はデジタル・アナログ様々なゲームのほんの一面です。
いずれのゲームにも良いところ・悪いところがあるし、一概にどちらかだけが良い、という訳ではありません。
しかし、ゲームを作る立場からすると、これは恐ろしいパラダイムシフトの可能性があると考えています。
デジタル全盛のこのご時世に、わざわざ時代遅れの紙でゲームを作るわけです。
ゲームを作る人間としては、そこに「理由」が必要だとは常々感じています。
ある程度以上計算が必要だと、「それ、デジタルで作った方が良くね?」と思うわけです。
だから、ゲームを作る時には「なぜこれがデジタルではいけないのか」を必ず考えます。
例えば拙作「三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい」では、鳥のカードをとにかくたくさん並ぶようにしました。
物理的にカードがたくさんある!という恐怖感は、デジタルで表現はできても、実感しにくい部分です。
また「陰陽賽」ではサイコロの5面を使用。デジタルでは表現が非常に面倒な作りです。
しかしNintendo switchでは画面を見ないゲームの提案がされていますし、VR技術を使えばプレイヤーごとに違う情報を出す「正体隠匿」も簡単に実現可能になります。
これからゲームを作るからには、「これはアナログでやるべきだよね」という「何か」が欲しい所です。
Nintendo switchでも、PS VRでもできないゲーム。たとえば
以上が私のNintendo switchに関しての雑感ですが、あくまでいちボドゲ制作者としての意見であり、制作者一人づつ考える事は違うと思います。
「これはデジタルでできるだろう」「なんでこんな面倒くさい作りなんだよ」というボードゲームも、遊ぶ分には大好きですし。
ただ、自分がゲームを作って製品化する以上、そのターゲットはどこかをいつも考えてしまうというだけです。
この点、「自分の好きな物を作る」という方とは、私は根本的に違うと思います。
日本のボードゲーム市場が広がっている現在、その新しくボードゲームを始める方にも優しいゲームでありたいと思いますし、だからこそ「デジタルでなく、わざわざボードゲームである事」は大切にしたいと考えています。
例えば「手触り将棋」。
駒の裏を「触る」ことで確認し、じゃんけんのルールで勝敗を決める、ガイスターのようなゲームです。
「視覚障害者の方でも遊べるゲームを」というそもそものコンセプトがありますので、ぜひ目を瞑ってプレイしていただきたいところ。
これは実際に触って、「体験」してこそのゲームでしょう。
ゲームとしての面白さだけでなく、「目が見えなければこうして世界を認知しているのか」と気づける、その意味で世界を拡張するゲームであることを 、自分の中では目指したつもりです。
奈良障害者芸術祭向けに制作したゲームのため、奈良県、社会福祉法人たんぽぽの家と関わる方が多く、また立体物のため製品化は困難ですが、ぜひ色々な方に体験していただきたい作品です。
ちなみにアナログがデジタルに勝る事例で分かりやすいのは「お絵かき」と「バランスゲーム」、「大喜利」等々。
「絵が下手でも楽しめる」というコンセプトのお絵かきゲームは毎年のように制作されますし、LOFT等のおもちゃ売り場にでも行けば、バランスゲームがどれだけ量産されているか実感出来ると思います。個人制作界隈でも「BABEL」「ハコオンナ」「TOKYO HIGHWAY」等のバランスゲームが話題になったのは、作者が意図してかどうかはともかく、こうした背景と決して無縁ではないかと思います。
とはいえ答えがあるとそれに反発したくなる、天邪鬼な性格なので、これ以外のアイデアがないか、じっくり考えてみたいと思います。