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ペンとサイコロ -pen and dice- BLOG

ボードゲーム制作を行う「ペンとサイコロ」のブログです。公式サイトはこちら→http://penanddice.webcrow.jp/

文化祭と部活動を辞めれば

ブラック企業批判花盛りの昨今ですが、ドイツに行くと本当にヤツらは仕事してないです。

blackcorpaward.blogspot.jp

朝出勤したら「じゃ、とりあえずコーヒーブレイクするか」とカフェースペースに行き、
五時ぐらいに帰ろうとすると、もう駐車場には車が半分もありません。
それでいて利益率は高かったりするんだから、「日本の労働生産性が低い」という話は結構身をもって実感しています。

(仕事の関係で毎日ドイツ人とやりとりして、毎年ドイツに飛んでいるので)

 

なんでそんな早く帰れるのか疑問だったんですが、以前に欧州企業で働いていた上司に言わせると
「早く帰るのが仕事ができる人で格好良いから。
 残業するような人間はよほど仕事ができないと思われて格好悪い」
とのこと。
できるできないの話はもちろんですが、こういう「うわ、残業格好悪い」という意識って、結構大事じゃないかと思いました。

 

部署のみんなが残業しなければいけないほど仕事が多いなら
それは上司のコントロールが悪いわけで、そんな人はいずれクビや降格になります。
結果としてみんな早く帰れる状況が作られるし、
上司はいかにその限られた労働力で利益を出すかを考えなければいけない、と。
この好循環は理想論だとしても、そもそもそういう考え方を持たないと改善もしません。
私は前職で体調を崩し、毎日午後8時前に帰っていたら、
「暇そうだな。派遣になるか?」
と言われました。(定時は5時45分、だったはず。定時で帰った事がないから記憶が曖昧)
私が前職を辞めた一言ですが、こういう意識を持っている限り、
いくら「水曜日はノー残業デー」なんて言っても根本的な解決にはならないよな、と思うわけです。

 

ここからはイメージだけで話をしますが、日本で長時間労働を推進する話が多いのは
学校の仕組みにあるんじゃないかと思います。
イメージだけなので間違っている部分も多いとは思いますが、例えば「部活動」や「文化祭」。

 

「明日の文化祭の準備ができていません。泊まり込みで作業して良いですか」
「仕方ないな。今日だけだぞ」
 ・
 ・
「夜まで残って作業するのは新鮮で面白いね」
 ・
 ・
「みんなで徹夜して頑張ったから、文化祭は大成功だ!」

 

こんなストーリーを経験した人もいると思いますし、マンガやアニメでもよく出てきます。
しかし若い学生に余り目くじらを立てたくは無いのですが、こうなったのはスケジュール管理の甘い自分たちのせいで、その裏では管理のために時間外労働を余儀なくされる数多の先生方がいらっしゃるわけです。

 

「明日の文化祭の準備ができていません。泊まり込みで作業して良いですか」
「すいません、閉めますので出て行ってください」
 ・
 ・
「今年の文化祭は失敗した。来年はちゃんとプロジェクト管理をしよう」

 

こういうストーリーでもいいじゃないですか。
この主人公、最後はシリコンバレーで成功すれば良いと思います。

 

部活動という仕組み自体が世界的に標準的なものではないでしょうし、ましてやそのコーチを教師が無償でやっているのは日本ぐらいでしょう。(※要出展)
地方で学校が唯一のコミュニティになるのは物理的に仕方ない部分があるでしょうが、都市圏ではもう、授業が終われば生徒を外に放り出すぐらいでも良くないでしょうか。
その分、部活動が担っていた活動を地域のコミュニティやサークル、塾が賄います。

無料で行けるところがあれば、有料のものもあるでしょう。

「部活動なら無料なのに!」という意見については、そもそもの部活動で教師が無償奉仕していたことを忘れているのではないでしょうか。
運動系のサークルには、学校の校庭を有料で開放すれば場所も確保できますし、その収益で学校のセキュリティを確保できます。
教師はその分自分たちの仕事に集中できるわけです。

 

私の友人にも高校教師がいますが、土曜は部活動でまず潰れます。
平日も部活動で潰れる日があるのに、授業の準備や採点は毎日やらないといけない。
長期休暇でも受験対策やらなにやら・・・と
彼に会えるのは年に一度あるか無いか、というぐらいにスケジュールが合いません。

 

部活動を学校からサークル活動に移管するのは、「学外にコミュニティを作る」というメリットもあります。
学校にいて部活をして文化祭に出て、と全てが学校で賄われるとコミュニティが狭くなります。
こうしたところで恐喝や暴力(通称:いじめ)が起きると、精神的に逃げ場を失いがちです。
学校の外に別のコミュニティがあれば、こうしたときに精神的な逃げ場にならないでしょうか。
また、マイナーな趣味も学校単位でなく、地域単位でならサークル活動を行いやすくなります。
学校単位じゃないと甲子園でトーナメントが組めない?伝統が?
いいじゃん、辞めれば。

 

コミュニティを切り替える時には明確な線引きが必要なので、「ここまでが学校」「ここからがサークル」「ここからが塾」と明確に切り替える必要があります。
使用する場所を借りるとダラダラ時間を延ばせないので、自然と「時間内に終わるのが正」という認識になるでしょうし。

 

とはいえ実現には難しい部分もあると思います。
洋画や海外ドラマで子供が大きな荷物を持ち歩いていたり、廊下にロッカーがあったりしますが、教室には私物を置かない仕組みの国も多いそうです。(だから休み時間に廊下を歩いている描写が多い。あれは「教室に先生が来る」のではなく、「次の授業がある場所に生徒が移動する」という、日本の大学のような仕組みだからだそう)
荷物が大きいのは、「学校に置いていて盗まれないよう、必要な道具や本を毎日持っていくから」。
盗まれるのは極端にしても、ロッカーに私物を入れて鍵が掛かるようにすれば、
授業が終われば学校を開放する事も可能になります。
文化系の部活はこうした場を使えば良いかもしれません。

 

授業が終わるのを見計らって、とある中学校の教室に小学生から老人までが続々と集まってみんなが将棋をする。
そういう光景があってもいいんじゃないかと思うんですが。

子供だけが集まる場所だからなぁ。解放はセキュリティ的に難しいのか。

 

と、このパブコメを見ていて思ったのでつらつら書いてみました。

search.e-gov.go.jp

search.e-gov.go.jp

気がついたら終わってました。

いかんなぁ、ちゃんとチェックしないと。

日本は国も人口も多いし、環境も北国と亜熱帯では全く違います。

あんまり日本全国を一つのルールで縛らなくても良いんじゃ無いかと思いますがどうなんでしょうね。