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ペンとサイコロ -pen and dice- BLOG

ボードゲーム制作を行う「ペンとサイコロ」のブログです。公式サイトはこちら→http://penanddice.webcrow.jp/

ボドゲはテレビゲームに勝たなければいけない

「マニー」という会社がある。

MANI|マニー株式会社

可愛い会社名だが、やっていることは「手術用の針」の製造。

この会社、やってることがニッチで利益率が高いとか調べると面白いんだが、「世界一の物しか商品化しない」というとんでもないルールを自社に課していると以前に聞いて驚いた記憶がある。

(昔聞いた話なので、今でもそうかは知らない)

その理由は

「お客様はNo.1の物を使われるべきだ。自社商品がNo.1でないなら、お客様は他社の物を買って頂く方が良い。だから我々の商品はNo.1でなければいけない」

そんな趣旨らしい。

だから新商品の開発時には「No.1かどうかの検討会」があると。

実際に会社紹介ページでは、今でもはっきりとこう記されている。

[トレードオフ(やらないこと)]
以下のトレードオフを明確にして、戦略立案の基準にしております。
(1)医療機器以外扱わない
(2)世界一の品質以外は目指さない
(3)製品寿命の短い製品は扱わない

自分の作っている物、売っているものがお客様にとってNo.1か。

どの業種かを問わず、自分でそう宣言できなければ売らないのは、厳しいが、分かりやすく、強いルールだと思う。

 

そのボドゲスマホより面白いの?

ボドゲ*1にとってNo.1とはなんだろう。自分はまず「そのボドゲスマホやテレビゲームより面白いか?」と考えるようにしている。

 

自分のゲームを遊んで貰うには、他より魅力的でなければいけない。

自分にとって、「他」とは何か?

「他のボドゲ」か?でも遊ぶ人にとっては、ボドゲでもスマホでも同じ15分、一時間だ。だから一番の競合は、よりプレイ人口の多い「テレビゲーム」「スマホゲーム」だと思っている。

例えばそのゲームは、「妖怪ウォッチ」より、どう面白いのか?

それが説明できないなら、そのゲームは没にすべきだと思っている。 

実際ボドゲを考えていても、「あ、これはテレビゲームの方がいいや」という理由で没にすることはよくある。ボドゲである理由というのは、ボドゲにおいてむしろ一番大切なことじゃないか。

 

どこを見てゲームするか

ボドゲにはコミュニケーションがあるというが、「桃鉄」には濃厚なコミュニケーションがあったと思う。「いたスト」に至るとそれが突き抜けてリアルバトルに発展しかねなかった程。

いただきストリートWii

いただきストリートWii

 

つうかまだ続いてるんだね、いたスト。たいしたもんだ。

 

 ボドゲをやって感じるのは、やっぱり 桃鉄-いたスト といったテレビゲームとボドゲのコミュニケーションは違うし、もっと言うとリアルのモノポリーとテレビゲームのモノポリーという、同じゲームであっても違うということ。

それが何か。「視線」じゃないだろうか。

 

ボドゲではボード・カード・サイコロ・トークン。そんな物を中心に置いて、プレイヤーが円陣に並ぶことが多い。

対してテレビゲームでは自分が向き合うのは「画面」だ。据え置きのテレビならプレイヤーは大体横一列に並び、携帯ゲームならてんでバラバラに座る。

 年に一度のガチンコサッカー対決 / hemiolia

ボドゲでは視線を上げれば自然に他のプレイヤーの顔が目に入る。

実際相手の目線、雰囲気、表情、指の動き、そんなちょっとした仕草を見て読み合う。実際に向かい合ってやるボドゲには、そうした魅力がある。

 

「三千世界の烏を殺し・・・」がテレビゲームに勝てると思っているところ

では今回商品化するゲーム「三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい」がテレビ・スマホに勝てるのは何か。作者としては、その魅力は例えば「積み重なっていく鳥を一気に殲滅(せんめつ)する快感」だと思っている。この「机から溢れんばかりの烏のカード」がテレビゲームではできない、実際にカードを使う意味だと思っている。

f:id:roy:20140819194022j:plain「三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい」のプレイ風景

「なんだそりゃ?」と思われるかもしれないが、テトリスしかり、「たくさんの何かを一気に消す快感」って結構根源的な快感で、それをいかに見せるかはゲームの本質の一つだと思う。

Tetris®

 

テレビゲームで「沢山のカード」を表現するとどうしても画面サイズという制約が出る。だからこのゲームはボードゲームである必然性がある、と考えている。 

 

ボドゲと根源的な快感

根源的な快感というと、「ごいた」はその点で究極形かもしれない。

ごいた将棋ごいた 【ゲームマーケット2011春 出展作品】※クリックでAmazonに飛びますが、在庫切れで買えません。ご注意。

 

ごいたは能登で伝統的に遊ばれていた・・・という背景は紹介ページに任せる。

http://www.asahi-net.or.jp/~rp9h-tkhs/dg_goita.htm

 ごいたの魅力は色々あるが、その本能に訴えるインターフェースは素晴らしい。 

  • 駒を混ぜて円形に並べる(駒はおおよそ将棋サイズ) 

https://pbs.twimg.com/media/BzK4RIeCMAEYd4c.jpg

  • スピーディーに各自が取っていく
  • 手の平に8つの駒を並べる

https://pbs.twimg.com/media/BrMmwZCCAAA_61O.jpg

  • 駒を順に出していく

https://pbs.twimg.com/media/BuW9hk0CQAAsEAs.jpg

※写真は「能登ごいた保存会/大阪支部(@goitaosa)」様より転載の許可を頂きました。ありがとうございます。

 

普通ゲーム内容として紹介されるのは「駒を順に出す」という部分だけだと思う。

でも、その準備である「駒を混ぜて並べる(洗牌)」、「駒を取っていく(配牌)」、「手の上に並べる(理牌)」がとにかくテンポが良くて、気持ちいい。

括弧書きで麻雀用語を書いたが、この手順は麻雀と同じ。麻雀の配牌でテンポ良く取っていくのって、なんかこう、気持ちよくないすか?オレだけ?あの感覚。

でも駒が32枚しかないので、それぞれの手順のテンポがとにかく良い。

これは本当に良くできていて、ゲーム設計として素晴らしい。

もちろん「対面の二人がチームになるチーム対戦ゲーム」という仕組みも面白いし、コマの強さも良くできている。ただそんなルールや遊び方は、「ごいた」で調べればすぐにわかるので調べて欲しい。

 

伝統的なゲームはしばしばギャンブルとしての顔を持つが、仲間内で小さくダラダラお金のやりとりをするギャンブルの何が楽しいかと言えば、そのテンポの良さと本能的な「気持ちよさ」じゃないだろうか。成功しているギャンブルは、その完成度が非常に高い。

花札」「チンチロリン」「クク」はそうだし、「麻雀」も中国では「あがればいくら」という非常に単純なルールでダラダラとやる。

ククカード アークライトゲームズ版

ククカード アークライトゲームズ版

 

 「クク」では非常に短いゲームを繰り返して、お金がポンポン動くことが快感なのだろうし、中国式の麻雀では日本よりかなり大きな牌を「ジャッ、ジャッ」と大きな音を立てて洗牌している時がトリップできる瞬間なのだと思う。(ちなみに中国式ではいちいち綺麗に並べないし、捨牌も中央のスペースに投げ捨てるだけ。上がった瞬間に現金が飛び交う)

 

人間も動物なのだから、こうした「触って気持ちいい」「動かして気持ちいい」という本能に訴えるゲームの特製というのは、実は大事で強いのだと思う。

 

電子機器とボドゲ

では電子機器とボドゲの融合の可能性はあるか?

当然あると思うし、それを探っている人もたくさんいると思う。

単純なところでは専用のアプリで時間を測定し、音を鳴らしたりナレーションする等の方法、ボード上にARマーカーやQRコードを置いて、人間には見えない情報をそこから発信する「罠」といった使い方などが考えられる。

(既にそういうゲームはある)

 

もう少し進んだところでは、スマホを「センサ」として使用する、こんなコントローラ案が提案されていた。


iPhoneで3つの「ゲーム・コントローラ」を作る冴えたプロジェクト : ギズモード・ジャパン

う~ん、使えるのは「転がす」かな。

あとはこれをどうモニタを使わず、ボドゲと連携させるか。

「決まったルートをなぞっているか」をセンサに認識させるとかなら使えるかも知れない。

転がすタイプの「イライラ棒」のイメージ。(表現が古いね、我ながら)

電撃イライラ棒

電撃イライラ棒

 

ツールはなんでもいい。

でも、モニタを見させる時点で、ボードゲームの良さを出すのは難しいんじゃないかと思う。

いかに直感的に、みんなで遊べる物にするか。

そういうゲームがあれば面白いなとは思う。

とはいえ、設計する気持ちになると、個人レベルでは価格的になかなか難しいとは思うけど。

*1:今回からゲームの総称はボドゲに統一します。詳細はこちら