読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ペンとサイコロ -pen and dice- BLOG

ボードゲーム制作を行う「ペンとサイコロ」のブログです。公式サイトはこちら→http://penanddice.webcrow.jp/

元精神病夫、現精神病妻

医療

今まで触れないようにしてきたが、うちの嫁は精神病だ。
病名は医者によって違う。
「鬱」「躁うつ(双極性障害)」「適応障害
一つの症例でも、これだけ医者によって見立てが違う。
心療内科や精神科に何度も、色々な医者に行き、色々な本を読むことで
「あー、精神病って、こんなに何にも分かっていないんだ」
と痛感した。

精神病を、知っていますか?

最近は鬱に関する資料や本もたくさん出ているので、広く知られるようになった。

ツレがうつになりまして。

ツレがうつになりまして。

だから、ここで今更、一人の患者の家族がその症例を説明することに目新しさは無い。
でも、やはりもっと知ってもらいたい。
家族の病気の話は、ものすごく気を遣う。
自己弁護でも、ノロケでも、非難でもなく、冷静に書けるかは自分でも自信が無い。
こういうときには、簡単に実名が分かる形でブログをやっていることをちょっと後悔する。

精神病って、よくわからない。

精神病で働けない、というと
「それは怠けているのと、どう違うの?」
「ちょっとは動いた方が、健康のために良いんじゃないの?」
と言われる。
「『頑張れ』って言っちゃいけないんだよ」
としたり顔で言う人もいる。


だから、まずは症状をなるべく詳細に書くのが良いと思う。
この症状一つ取っても、人によって違うだろうし、一人の人間でも時期により大きく変わる。
だから、人に伝えるのが難しい。
一番厳しいときの話ばかりするのは誇張になるし、
かといって平静に見えるときばかりなら、それは病気じゃない。
以前に、このブログで「鬱は心の骨折」と書いた。
・リンク → 鬱について−2:鬱から見た世界
知り合いにも「良い表現だと思う」と言われたし、自分でもなかなか上手く表現できたと思っている。
ただ、骨折と根本的に違うのは、「無理が出来る」ということ。
家に閉じこもってばかりいると余計に鬱屈するので、嫁も頑張って外に出るようにしている。
でも、外に元気に出歩くと、その後二日間ほどは完全に寝たきり状態になる。
心の病気は無理が出来てしまう。
これは、病気の重さを分かりにくくしている原因の一つだと思う。

症状

嫁の症状を挙げてみる。
ちなみに精神科には通っていて、その中では最高クラスの薬を既に処方されている。
(薬の名前を出した方が良いか分からないので、ここでは控えておく)
その上での症状。

元気なとき

波があるが、良いときには普通に生活しているように見える。
とはいえ実際には子供の送迎・食事以外はほとんど寝ているが。
ただおそらく一般的に見ればかなり家ではヒステリックなんだと思う。
子供が牛乳をこぼした、落書きが壁に付いた、大きな声を上げて走り回った・・・
そんなことで「あー!!」とパニックを起こす。
「自分がしっかりしていないから、子供がこんなに育ち方をした」
「自分が見ていないから、粗相するのを止められなかった」
冷静に考えると人間一人がそこまで100%子供を見続けるなんて不可能だと思うんだが、そういう判断が出来ない。
元々そういう性格だったわけではなく、やはり病気のせいだと思う。
言ってみれば、常時アタマが混濁した状態、つまり意識朦朧とした状態なんじゃ無いかなと思う。
これは隣から見ている推測と、自分が鬱状態になった時の体験から。
意識朦朧とした所に、予想外の情報が入ってくると、もう「わーっ!」となるのは
何となくイメージできるだろうか。


「鬱になったらとにかく休むこと」と言われるが、これは処理能力が低い状態で、
日常の刺激でも本人には強すぎることが理由だと思う。
ただ、何を刺激として受け止めるかは人によって違う。
嫁の場合は、元々が真面目で責任感が強い。
「鬱は真面目で責任感が強い人がなる」というが、これは正しいと思う。
上のような、「全ての原因は自分のせいと思い込む」のもこの性格が一因だとは思う。
ちなみに自分が鬱状態になったのは、自分の責任感が強いというより、責任のある仕事を任されたから。
仕事で鬱になる人は、性格もあるだろうが、会社の仕組みとして逃げ道を用意しているかも大きい。


さて、「あー!!」となったらどうなるか。
「パニック」というと日常でも「パニックになる」というが、精神病のパニック発作はこれとは違う。
映画化されている「宇宙少年」でも取り上げられたので、有名になっているのかとも思うが
動悸、息が詰まる、吐き気がする、過呼吸(過換気)などの症状が起きる。

宇宙兄弟(1) (モーニングKC)

宇宙兄弟(1) (モーニングKC)

本人には「このまま死ぬんじゃないか」という恐怖感もあるという。
時間は数分〜20分程度。
もちろん立てないし、初めて見ると「救急車を呼ばないと!」と思うぐらいの発作が起きる。
嫁の場合、これが毎日起きる。
一日二回を下ることはまず無い。平均して四〜五回は起きているんじゃないだろうか。
最初の頃は「大丈夫?大丈夫?」と心配していたが、最近は「またか、大変やねぇ」ぐらいで軽く流している。
周りがあんまり焦って心配しても、それが余計本人にプレッシャーになるらしいと気がついたからだ。

大変なとき

これは「一番調子の良いとき」
厳しいときはもう大変。
なにかの恐怖に襲われて叫ぶ、家を飛び出そうとする、
太るのが怖い、だから食べない(既に拒食のせいで「痩せすぎ」の基準はとうに通り越している)
これが何日も続く。


芥川龍之介「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」
太宰治「長居するだけみんなを苦しめこちらも苦しい、堪忍して下されたく」
と綴って共にその生涯を閉じた。
「自分がいるからみんなに迷惑をかけるのだ」
「なんとなく、とにかく怖い」
「自分は生きていてはいけない」
というのは負のスパイラルに入ったときの典型的な心の動きなんだと思う。


こういうときには「どう死のう」という思考にアタマが支配される。
実際、危ないときが何度もあった。
もう、こうなると生活どころの騒ぎではない。
とにかく、生きられることに感謝としか言いようが無い。
この時期、とにかく会社から家に帰るのが不安だった。
家に帰って、嫁が生きていることがとにかく嬉しかった。

精神病は病気なのか?

精神病は「病」と付くぐらいなので病気らしい。
ただ、実際には何がどう病気なのか、分からない。
個人的には、鬱や双極性障害は、一つの「状態」だと考えている。
だって、「病気」で、ずっと「闘病」しているって考える方が、疲れるじゃないですか。
ただ、今、嫁が疲れていることは事実。
だから、「もっと楽に生活できるようになれば良いよね」と話している。
それが我が家での「治療」の目指すところだと思っている。


なぜこういう言い方をするかというと、病気だと、根本治療は難しいと思っているから。
これを病気というなら、6年ほど前に一度「発病」した。
その闘病生活が一年程か?
お互いがフラフラになり、猫を飼って、子供が出来た頃に一段落した。
そして普通に生活できると思ったころ、再び「発病」
はっきりとした原因は分からないが、その辺の話もまた追々できればと思う。


とにかく現在、二回目の症状が起きた中で思うのは、
「多分この状態と一生付き合うんだろうな」ということ。
現代医療は結局、精神病の治療法は分かっていない。
対処療法で発作を抑え、良くなる方法を考えているだけ。
病気のことをよく分かっていないから、見る人によって病名すらはっきりしない。
それなら、病気と思わず、許容できる状態まで持って行って、生活できれば良いじゃない。
それが、今思うこと。

精神病が悪なのか?

精神病は本人が一番大変だと思うが、精神病の家族を抱える生活も、結構大変。
嫁のストレスを軽減するために猫を飼い始めたし、
一人(+幼児)でマンションの十三階に生活させるのは不安だったため、
実家の隣に家を建てて引っ越した。
早く帰れるように、転職した。
嫁の病気のおかげで、自分のライフプランがここまで変わった。


では精神病がとにかく不幸か、というと別段そう思わない。
いや、負け惜しみじゃなくそう思わない。
嫁が精神病でなく、自分も精神病にならなかったら、多分前の会社でずっと働いていただろう。
給料ももっと良かった。
でも、視野は今の方が大分広い。
仕事にしても生活にしても、色々な立場、意見、生活スタイルがあるんだと言うことを
ものすごく考えるようになった。
それは、病気の「おかげ」といって良いだろうし、今の生活も気に入っている。
苦行を通って、宗教で悟りを得ることと近いのかもしれない。


今回、なぜこの話を書いたかというと、一番は嫁のような精神病の人達に伝えたかったから。
多くの精神病の人達は、「自分は迷惑をかけている」と思い続けているんじゃないだろうか。
嫁や、嫁の友人で同じような症状の人達は同じような言い方をする。


まず、精神病は大変な病気であることを知って貰いたい。
そして、その責任は病気になった本人には無いことを知って貰いたい。
また一方で、病気が家族の絆を深める。
それを知って、もっと気楽に休んで欲しい。
言いたかったことをまとめるとそんなところ。
一回ではとても伝え切れてないことも多いので、ポツポツと我が家と精神病について話していきたいと思います。