ペンとサイコロ -pen and dice- BLOG

ボードゲーム・3Dプリント作品・3DCG制作を行う「ペンとサイコロ」のブログです。公式サイトはこちら→http://penanddice.webcrow.jp/

「ずるい」と思いますか?思いませんか?

「ずるい!? なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか」

この本がものすごく面白かった。
書名は煽りが入っているのかと思ったが、そういう訳でもない。
著者の青木高夫さんはホンダ(本田技研工業)の社員。
コメンテーターでは無く、自身の仕事の中での意見を踏まえた内容になっている。

ルール作りもゲームの一部

本書のポイントは大きく二点
「ルール作りもゲームの一部である」
「ルール作りにはプリンシプルが必要」


自分では当たり前だと思っていたが、ルール作りから関わって
自分の優位に進めるような態度を、日本では多くの人が「ずるい」と感じるらしい。
本書はかなりの部分を割いて、ルール改定の実例とその結果について書いている。
その中で一貫しているのは、
「ルールを変えることがずるいんじゃない、文句を言うなら自分もルール作りに関われ」
ということ。
私もそう思います。

ルール作りにはプリンシプルが必要

ここまでで終わると、「ルールを作る立場に行けば勝ちか!?」となるが、
この本が良いと思うのはその先までしっかり書いてあること。
著者曰く、ここで大事なのは「プリンシプル」であり、
その原則は第一に「社益」第二に「公益」ということ。

プリンシプルとは?

プリンシプルとは本書の訳では「行動に関する原則」「自分の流儀」のこと。
デジタル大辞泉では下記の通り。

プリンシプル 【principle】
1 原理。原則。根本。
2 主義。信条。
・リンク → コトバンク

本書でも取り上げているが、白州次郎の書籍がヒットしたことで、聞く機会が増えた単語だと思う。

プリンシプルのない日本 (新潮文庫)

プリンシプルのない日本 (新潮文庫)

個人的には辞書の訳である「原理・原則」がしっくり来る。

ルール作りのプリンシプル

ルールはあくまで条文だが、その背景には「思想」が必要になる。
本書は「ルール作り」の本だが、メインは「プリンシプルとは何か」について書かれていると言ってもいい。
ゲームのルール改定は、どうやっても有利になる人と不利になる人が出る。
そこには必ず思想が必要で、それが自分の基準に対して正しいかどうかが重要であると。


本書で取り上げられている例で面白かったのは、やはりホンダらしくF1の事例。

Ayrton Senna (McLaren Honda) / Paul Lannuier

マクラーレン・ホンダといえばF1での圧倒的な強さを誇ったチームで、1988年には16戦中15戦で優勝
翌1989年にはホンダが最強を誇ったターボエンジンが使用禁止となり、
ジャパン・バッシング」と言われるものの、ホンダはその後も1989年から1991年まで3連覇を達成。
「ルール変更何する物ぞ!」という話だが、ホンダの社員でその現場にいた著者の意見はちょっと違う。
著者は、ルール変更前、1986年になんと、本田宗一郎に同行してルールメーカーである国際自動車スポーツ連盟の会長と面談している。
その時の会長の談話の趣旨を本書ではこう書いている。

「あれだけの投資をすれば(ホンダのことを言っている)誰でも勝てるだろう。
レースというのは似たようなレベルの仲間が競ってこそ面白いのだ。
1チームが勝ちを独占しては面白みがなくなってビジネスとして成り立たなくなる。
それをわかってほしい」
(本書91ページ。太字部分は本書の通り)

つまりレースを興業として捉えると、みんなが競い合う状態にしなければならない。
そのためには敢えてホンダに不利なルールを制定する、と宣言している。


ここでは、国際自動車スポーツ連盟「プリンシプル」は、決して「ホンダ憎し」ではなく、
「より自動車スポーツを盛り上げること」としている。
だからこそ、ホンダだけが強いルールからの転換は妥当である、と当のホンダ社員が結論づけているところが素晴らしい。
またそのプリンシプルがずれていない実例として、ターボ車の解禁自体が、
フェラーリが強すぎたシーズンに行われた事例を示し、その公正さを主張している。

プリンシプルの無いルール作り

著者は明らかに不当な保護条例に関しても、「プリンシプルがあれば良し」としていて、
基本的に保護条例にやられてきた日本の自動車メーカーがそれを言うのはさすがに大人だなぁ、と思う。
また、技術の発展や業界の振興には競争が不可欠、として一社独占を強く非難している。


ただ、本書で触れられていないのは「プリンシプルの無いルール作り」で、これは例えば
純粋に競合排除や自社独占のために、自社しか持っていない技術やパーツを、ルールに組み込んでしまう事。
工業界ではよくある話だが、近年話題になった例ではフィギュアスケートなどがある。

Figure Skating Queen YUNA KIM / { QUEEN YUNA }

なぜ北京オリンピックに向けて細かなルール変更を繰り返し、結果として浅田真央が金メダルを逃したのか。
ここに至ってはもはやルール以前の話も色々出ているが、よく言われるのは韓国のキム・ヨナが得意な技の
評価を高め、日本勢の苦手な技の採点を厳しくしたと言うこと。
フィギュアに詳しくない自分としては、これについて細かいコメントはできないが、
もしそうだとすれば、その改訂はスポーツの振興には役立っていない。
ある団体(協会・国家など)が優勝させたい人間に有利なルールに変えてしまう、となれば
それ以外の人が積極的にそのゲームに参加したくなくなるのは当然だろう。

まず社益、そして公益

ではどのようにルールを作るべきか。
著者の言うプリンシプルとはどういう物か。
それについては次のように解説されている。
企業で働いている限り、その活動は多かれ少なかれ、企業のために行うべきだ。
だから、完全に公益のためにルールを作るべき、とするとそれでは会社としてルール策定に関わるメリットが無くなる。
そこで、最初は「社益」、つまり自社の利益のためにルールを決めれば良い。
だが、それが「公益」、つまりその後のそのジャンルの発展を収束させる物であってはならない。
これがこの本の結論。
そして、まず社益、次に公益という考え方は「製品を作るときと同じ」と結論づけている。

私企業は、公益のために

企業は利益を上げなければいけないが、製品が売れるということは
その価値がユーザーに受け入れられているということ。
そう考えると、製品作りは最終的に公益に繋がるといえる。
ルールも同じように、自社が稼げるようにするのは良いが、それが最終的に業界の発展に繋がるように、
というのが本書で言うところの「製品を作るようにルールを作る」ということ。

企業の理念と公益が合致していると

会社の理念が公益と合致している企業が、利益を上げると強い。
例えばマニーという会社がある。
・リンク → マニー株式会社

Surgical tools / oskay

手術針等を作っていて、売上高94億円(平成23年8月期決算)の会社だが、営業利益率は36%以上もある。
なぜか。
この会社の商品戦略ははっきりしていて、
「世界No.1の商品しか作らない」
だそう。なぜなら、
「世界No.1で無いなら、お客様は世界No.1の商品を使っていただく方がメリットがある。
 ならばそちらを紹介する方が良い」から、らしい。
多分に建前もあるだろうが、社内にまでこの考え方が浸透しているなら、こういう会社は強い。
作る物は全てではないにしろ、世界No.1クラスの物ばかりなのだから、利益率も高くなる。

社益と公益が合致していないと

逆に市場シェアが極端に高い商品やサービスは、使い勝手が悪かったり、異常に高価でも
ユーザーに使うことを強要するし、ルール自体が特定の会社やサービスを強要する場合もある。
多くの企業でウィンドウズを購入することは、その機能だけで無く社外とのやりとりの面で半強制だし、
日本では電力会社から電気を購入することは、実質上強制になっている。
もっとわかりやすい例では脱税は社益にはプラスだが、明らかに公益に反しているし、
違法なギャンブルや薬物を販売することも、会社には利益でも公益には明確に反している。


そういや、競技用自転車の「ロードバイク」が同じような形なのは業界団体で
細かく規定されているからで、その規格にした理由は「地元の中小企業の保護」のためらしい。
速い自転車はカーボンで作れるが、それには高額な釜やプレスが必要で大企業にしか作れない。
だから中小企業保護のため、現在の形状が規定されたと。
詳しくはこちら。

のりりん(3) (イブニングKC)

のりりん(3) (イブニングKC)

さて、これは公益に叶うのか?
誰にとっての利益が公益か、と考えるほど、そのバランスは難しいことが分かる。

この本を、こんなあなたにお勧めしたい

この本はルールの策定についての本だが、大事なのはその「プリンシプル」だと書かれている。
また、この本には細かいテクニックは書かれていない。
だから、「ルールを変える側に行けば簡単に一儲けできるんじゃないか?」
と思う人は、説教臭いと感じるだろうし、読まない方が良い。
でも、実務で何十年とルール改定で痛い目に遭った現場の人間の、
あるいはルール改定をする側の現場にいる人間の「芯」が何か、が書かれた良書だと思う。


自分自身、メーカーで働いてきて、単純に儲けるテクニックも教えて貰った。
でも、「企業は儲ければならない」「どんなことをしても儲ければ良い」は違うということを
自分の中で納得したのは結構最近だったりする。
働き始めて何年か経って、一通り日常業務ができるようになって、ある程度仕事が俯瞰できるようになったときに、
「企業は公器であり、公益のために仕事をする中で利益を上げなければならないのではないか?」
そう思った方にお勧めしたい一冊。
本書の良さは、これだけのブログでは伝え切れていないので、是非一読をお勧めする。

最後に

今年のブログ更新はおそらくこれが最後になります。
数日間ネットに接続できませんので、コメントを頂いてもすぐには返信できませんのでご了承下さい。
本年もありがとうございました。
また来年もよろしくお願いいたします。