ガラスはなぜガラスなのか(2)
長くなったので二日目。
「わかりやすく解説する」の実践として、このニュースを解説してみる。
・リンク → ガラスの形成しやすさと原子配列の関係を解明 − 「ガラスはどうしてできるか?」の謎に迫る −(プレスリリース)
・リンク → JASRIなど国際チーム、SPring-8を使用してガラスがガラスたる理由を解明
昨日の分はこちら。
・リンク → ガラスはなぜガラスなのか(1)
ガラスの歴史や背景が分かったところで、いよいよ今回の研究内容について。
今回の研究の流れを簡単にまとめると次の通り。
Dr. Bubella Bubbela / Carly & Art
- ガラスになりやすい材料、なりやすい材料を用意します。
- 無理矢理全部ガラスにします。
- その状態で世界最高の分析装置にかけます
- 違いを比較します
ガラスになりやすい、なりにくい?
窓ガラスに使われるガラス(ソーダ石灰ガラス)の主成分は二酸化ケイ素(SiO2)だが、その割合は70%程度。
残りの30%はソーダ灰や石灰などが入っている。
ガラスは「液体を固めたような物」と書いたが、実際液体のように結構雑多な物を含むことができる。
ほぼ二酸化ケイ素(SiO2)の純粋なガラスは「石英ガラス」と言われて、光ファイバーや実験用のフラスコなどに使われるが
こちらの方が特殊。
Still playing with light / aleske
通常はいろんな成分を入れることで作りやすくしたり、機能を持たせたり、作りやすくしている。
では「ガラスのなりやすさ・なりにくさ」は何で決まるのか?
実はこれが今まで分かっていなかった。
ソーダ石灰ガラスがガラスになりやすく、世界でも使われているが、その成分は経験式で見つかった物。
「なぜこの分量が最適なのか」の理論的な裏付けはなかった。
そこで今回の実験では、ガラスになりにくい材料と、なりやすい材料でガラスを作り、その構造を分析して、違いを比較した。
実験は極端から
実験するときは極端な環境で調べる方が、違いを見つけやすくなる。
今回の例も、ガラスになりにくい材料を無理矢理ガラスにして、それをソーダ石灰ガラス(ガラスになりやすい)と比較した。
ではガラスになりにくい材料をどうやってガラスにして、それを分析にかけるのか。
今回の実験では分析の他に、この「何でもガラスにしてしまう」技術も一つのトピックになっている。
普通に熱を加えても、ガラスになりにくい材料は溶けにくいし、容器が溶け出して材料が混ざってしまう。
また、容器とガラスの接触面は、結晶を作る「種」になりやすい。
ではその対策は?
今回の実験では「無容器法」という技術でこれを解決している。
容器に接触することが問題なら、浮かしてしまえば良い。
発想はシンプルだが、技術的にはものすごく困難。
イメージはこんな感じ。
分かりにくいのでガラスの部分だけ拡大したイメージはこんな感じ。
ガラスをガスで浮かし、レーザーで熱する。(赤いのがレーザー)
この方法により、ガラスになりにくい物質をガラスにして、比較分析できるようになった。
世界最高の装置で、分析する
分析に使用したのは日本が誇る世界最高のX線分析施設、「SPring-8」の高エネルギーX線回折ビームライン「BL04B2」。
SPring-8は兵庫県播磨にある放射光施設。
放射光とは、電子を加速し、磁力で無理矢理曲げたときに発生する光。
光、といっても目に見える光(可視光)ではなく、ここではX線を発生させる。
強く・絞ったX線ほど細かい構造を解析できるが、その世界最高強度のX線を出せるのがSPring-8。
原理はややこしいが、とにかく加速するリングが大きいほど明るく・絞った良いX線が作れる。
ということでSPring-8の全景はこんな感じ。
・リンク → SPring-8の特徴
スケールが大きくてよく分からないけど、リング部分の周長1436m、つまり直径約230m。
「研究のために強いX線で分析したい」
と思っても簡単に作れる大きさと技術ではないので、自信を持って世界一と言える、日本が世界に誇る放射光施設。
で、結果は?
結果はどうだったのか。
ガラスにはO(酸素)、Si(シリコン:ケイ素)、Mg(マグネシウム)などが入っていて、それが複雑な立体形状を作っている。
今までガラスは「非結晶」だから、規則的な構造はないと思われていた。
でも本当に規則性はないのか?
研究では、実験で分かった構造を分析した。
マグネシウムや、シリコンがどう繋がって、そのつながりがどうループになっているか、その大きさを調べた。
調査の結果、その立体構造が、「ガラスになりやすい」ものほど、「ループが大きい」という傾向が分かった。
以上。
これだけ聞くと何が凄いのか分からないが、多分まだ「傾向が分かった」というだけの段階だと思う。
新聞の「ガラスがガラスたる理由が分かった」というのはちょっと言い過ぎかな、と個人的には思う。
なぜガラスになるのか、という根本部分には発表では触れられていない。
だが、工学的には二つの意味でこの研究は重要。
ガラスのなりやすさが分かった
ガラスになりやすい「傾向」が分かった。
今までは「ソーダ石灰ガラス」が一番ガラスになりやすい材料だったが、
もっとガラスになりやすい材料を、分子工学的な観点で探せるかもしれない。
そうするとガラスのコストを下げられるかもしれない。
Buffalo Billiards Glasses / Mr. T in DC
どんなものでもガラスにできる可能性が出てきた。
無容器法で、ガラスになりにくい物をガラスにする技術ができた。
これにより、諦めていた物質も無理矢理ガラス化できるかもしれない。
現在、ガラス自身の特性は大きく変わらないため、例えば防弾ガラスではガラスの間にフィルムを入れるなどで強度をあげている。
もし添加物を入れて、強度の増した材料で無理矢理ガラスが作れるようになれば、
さらに薄いタッチパネル用ガラスを作れるなど新しい可能性が出てくる。
spider webs / ob1left
ガラス一つ取っても、世の中にはまだ分からないことだらけだし、
「何の役に立つの」と思うような高額な研究施設があって、より良い物を作るための知識が増えていく。
そんな「意外に知らないこと」が程よく組み合わされたニュースだったので取り上げてみた。
こんな話も、どうでしょうか。